説明

乗用田植機

【課題】走行伝動系および作業者への過大な負荷を招くことのない滑らかな走行性を確保しつつ、爪クラッチ機構の特性を生かして簡易かつ小型の構成で効率的な伝動を可能とする作業車両用走行伝動装置を提供する。
【解決手段】作業車両用走行伝動装置は、動力遮断操作用のクラッチレバー(33)を備えて走行動力を断接する爪クラッチ機構(31)からなる伝動調節手段を備えて構成され、上記伝動調節手段は、爪クラッチ機構(31)の伝動下手側にその伝動トルクの範囲内の制動トルクを作用しうる小型のブレーキ機構(32)を設け、このブレーキ機構(32)は、操作位置に応じて制動トルクを作用するブレーキレバー(34)と、このブレーキレバー(34)の操作解除による戻り速度を抑える抑速ダンパ(35)とを備え、かつ、上記クラッチレバー(33)とブレーキレバー(34)の同時解除操作をするための連繋機構(36,37)を設けたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、爪クラッチ機構を備えて走行動力を断接調節する作業車両用走行伝動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に示すように、田植機等に適用される走行伝動装置が知られている。この走行伝動装置は、一般的な摩擦式クラッチを採用することによりスムーズな発進を可能とし、走行駆動系に対する過大な負荷を抑えるとともに、作業者の負担を軽減することができる。
【特許文献1】特開平9−89101号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、摩擦クラッチは過負荷で滑りを生じることから、走行負荷が高いときは伝達効率が悪くなり、ひいては十分な走行動力が得られないことがあるので伝動容量の大きい大型の装置が必要となり、構成機器の小型化およびコスト低減のネックとなっていた。その一方で、構造が簡単で低コストで大動力の伝動が可能な爪クラッチは、車両の発進の際の瞬間的な接続伝動により急発進を起こして作業者に不快感を与えるのみならず、田植機等の作業機では後輪車軸について大きな負荷を及ぼすこととなる。
【0004】
解決しようとする問題点は、走行伝動系および作業者への過大な負荷を招くことのない滑らかな走行性を確保しつつ、爪クラッチ機構の特性を生かして簡易かつ小型の構成で効率的な伝動を可能とする作業車両用走行伝動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に係る発明は、動力遮断操作用のクラッチレバー(33)を備えて走行動力を断接する爪クラッチ機構(31)からなる伝動調節手段を備えた作業車両用走行伝動装置において、上記伝動調節手段は、爪クラッチ機構(31)の伝動下手側にその伝動トルクの範囲内の制動トルクを作用しうるブレーキ機構(32)を設け、このブレーキ機構(32)は、操作位置に応じて制動トルクを作用するブレーキレバー(34)と、このブレーキレバー(34)の操作解除による戻り速度を抑える抑速ダンパ(35)とを備え、かつ、上記クラッチレバー(33)とブレーキレバー(34)の操作を同時解除をするための連繋機構(36,37)を設けたことを特徴とする。
【0006】
上記のように伝動調節手段を備えた走行伝動装置を構成することにより、爪クラッチ機構はクラッチレバーの操作とその解除によって走行動力の切断と接続を行い、小型のブレーキ機構はブレーキレバーの操作によって爪クラッチ機構の伝動下手側で爪クラッチ機構の伝動トルクの範囲内の制動トルクを作用し、同ブレーキレバーの操作解除時には抑速ダンパによってブレーキレバーの戻り速度が抑えられて当初の大きな制動トルクが次第に低減され、また、上記爪クラッチ機構の操作解除時は連繋機構によってブレーキ機構が同時に操作解除される。
【発明の効果】
【0007】
請求項1の構成の作業車両用走行伝動装置は、クラッチレバーとブレーキレバーが共に操作位置にある停車状態においては、連繋機構を介して両レバーが共に操作解除されると、爪クラッチ機構の接続によって伝達された動力は小型のブレーキ機構の当初の制動トルクによって出力トルクが小さく抑えられ、その後、次第に増加することとなり、その結果、発進時のショックが抑えられて滑らかな走行性が確保されることから、簡易かつ小型の構成によって効率的な伝動性を有する爪クラッチ機構の特性を生かしつつ、滑らかな走行性によって走行伝動系および作業者への負荷を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の実施の形態について、以下に図面に基づいて詳細に説明する。
まず、本発明の適用対象となる乗用田植機について説明する。たとえば、乗用田植機101は、その全体側面図を図1に示すように、前輪102と後輪103とによって支持された機体フレーム104の後部に苗を植え付けるための植付装置等の作業装置105を備えて構成される。機体フレーム104には、その前半部に伝動装置106を、また、後半部の座席107の下にエンジン108を装荷することにより、機体の走行とともに植付装置等の作業装置を稼動するほか、補助苗枠109を備えて苗箱を搭載する。
【0009】
上記伝動装置106は、構成展開図を図2に示すように、エンジン側からベルト伝動されるプーリ軸2によって動力を受けるHSTと略称される静油圧式無段変速機3を一体に備え、この静油圧式無段変速機3から変速回転動力を受ける入力部には入力軸4と切替軸5、この入力部から動力を受けて走行動力を出力する走行系伝動部には、選択軸6、差動出力軸7,7、連動出力軸8,8、および、同入力部から動力を受けて植付装置等の作業装置動力を出力する作業系伝動部には、減速軸9、張出軸10、作業出力軸11等を備えて構成する。
【0010】
静油圧式無段変速機3は、低重心化と前後方向長さの低減とによって構成のコンパクト化を図るために、伝動装置106の側面視においてそのアウトライン内に、すなわち、伝動機の上下と前後の長さ寸法内に含まれるように配置し、プーリ軸2に受けたエンジン動力を正逆方向に無段変速して入力軸4に伝動する。切替軸5は、入力軸4から減速歯車伝動によって動力を受けるとともに切替ギヤ21とその切替位置を選択するシフタ22を備える。切替ギヤ21には作業用の小径ギヤ21aと移動走行用の大径ギヤ21bとを備え、後述のように、切替ギヤ21に4ポジションを設定し、シフタ22により選択したポジションに応じて走行系伝動部と作業系伝動部への伝動を切替える。
【0011】
選択軸6には、その一端にブレーキ23を備えるとともに、大径ギヤ6aと小径ギヤ6bを備えて切替軸5から切替ギヤ21を介して選択的に伝動を受ける。この選択軸6は、ブレーキ23により走行系伝動部の入力側の回動を拘束することができ、また、切替ギヤ21のポジションに応じて作業系伝動部の回動を拘束することができる。大径ギヤ6aは作業時の低速走行用であり、小径ギヤ6bは移動時の高速走行用である。
【0012】
左右の差動出力軸7,7の間には選択軸6からデフケース24aに動力を受ける差動機構24を構成することにより、デフケース24aに受けた動力が差動出力され、操舵前輪を駆動する。デフケース24aの両側部にはスリーブ軸25,25を延出してその外側部を軸支するとともに、スリーブ軸25と連動出力軸8との間にベベルギヤ等の傾斜軸間伝動用の歯車による伝動機構26を左右それぞれに設け、スリーブ軸25、25から連動出力軸8,8に直接的に伝動出力する。連動出力軸8,8は、差動出力軸7,7と直交配置し、それぞれの速度調節用のクラッチ27,27を介設して伝動装置106の後端部に突出して配置する。この連動出力軸8,8により後輪を駆動する。
【0013】
このように走行系伝動部を構成することにより、差動機構24のデフケース24aに受けた回転動力は、左右の差動出力軸7,7に伝動されるとともに、左右のスリーブ軸25,25のベベルギア等による傾斜軸間の伝動機構26,26を介して、中間ギアを要することなく、左右の連動出力軸8,8に直接的に動力が伝達され、この連動出力軸8,8によって伝動装置の後部に左右同速の動力が出力される。
【0014】
上記走行系伝動部の構成により、伝動装置は、操舵前輪と連動して左右同速で後部出力する連動出力軸8,8について、中間ギアやその支持用のカウンタ軸等の中間伝動部品の数を抑えて簡易かつコンパクトに構成できることから、連動出力軸8,8の伝動系について伝動効率と信頼性の向上とにより、コスト低減および全体の小型軽量化とともに走行性能の向上を図ることができる。
【0015】
(伝動調節手段)
また、上記入力軸4には爪クラッチ機構31による伝動調節手段を構成する。詳細には、図3の要部拡大図に示すように、爪クラッチ機構31の伝動下手側にブレーキ機構32を設ける。上記爪クラッチ機構31は動力遮断操作用のクラッチレバー33を備え、また、ブレーキ機構32には駒34pを介して連結する制動操作用のブレーキレバー34と操作解除時の戻り速度を抑える抑速ダンパ35を設ける。このブレーキレバー34の端部には操作カム36を設け、そのカム軸36aからギヤ機構37とワイヤ38を介してクラッチレバー33と連結することにより、ブレーキ機構32と爪クラッチ機構31の操作を同時に解除する連繋機構を構成する。
【0016】
上記構成の伝動調節手段を走行系伝動部に構成することにより、爪クラッチ機構31はクラッチレバー33の操作とその解除によって走行動力の切断と接続を行い、ブレーキ機構32はブレーキレバー34の操作によって爪クラッチ機構31の伝動下手側で同爪クラッチ機構31の伝動トルクの範囲内に限定した制動トルクを作用し、同ブレーキレバー34の操作解除時には抑速ダンパ35によってブレーキレバー34の戻り速度が抑えられて当初の大きな制動トルクが次第に低減され、また、上記爪クラッチ機構31の操作解除時は連繋機構37,38によってブレーキ機構32が同時に操作解除される。
【0017】
クラッチレバー33とブレーキレバー34が共に操作位置にある停車状態においては、連繋機構37,38を介して両レバー33,34が共に操作解除されることにより、図4の解除時のタイミングチャートに示すように、爪クラッチ機構31の入操作に同期してブレーキレバー34を入にして、駒34pを介してブレーキ機構32が動作する。ブレーキレバー34は操作カム36によって動作し、抑速ダンパ35を介して除荷されて徐々にブレーキが解除されることから、滑らかな発進が可能となる。
【0018】
このように、爪クラッチ機構31が接続操作された時に同時に下流側のブレーキ機構32で制動することにより、爪クラッチ機構31以降の伝動系が即時に入力回転になることがなく、急発進が緩和される。したがって、安価でメンテナンスし易く構造が簡単な爪クラッチ機構31による伝動調節手段を備える作業車両用走行伝動装置により、走行伝動系および作業者への過大な負荷を招くことのない滑らかな走行性を確保しつつ、爪クラッチ機構の特性を生かして簡易かつ小型の構成で効率的な伝動が可能となる。
【0019】
次に、植付装置105について説明する。
植付装置105の苗タンク41は、その要部関係図を図5に示すように、苗タンク41を左右に往復駆動するリードカム部42に給油手段を設ける。詳細には、給油手段の拡大説明図を図6に示すように、リードカム部42に装着されている左右のダストブーツ43,43内にオイルタンクTからチェックバルブ44,44を介して給油路45を連通する。この給油路45により、ダストブーツ43,43内の負圧を利用してオイルを自動給油することができる。
【0020】
次に、補助苗枠109について説明する。
補助苗枠109の上下2段構成の上段苗枠51は、その分解斜視図を図7に示すように、前後方向にスライド延長可能な延長金具53、53を設け、この延長金具53、53に苗箱移送用のローラー54…を取付け、同延長金具53、53を上段苗枠51に収納した時にローラー54…を収納するためのスペース51s…を上段苗枠51に形成する。延長金具53、53の収納時は長さ、および苗の収容枚数は下段苗枠と共通に構成する。
【0021】
また、補助苗枠109の支持部は、分解斜視図を図8に示すように、本機と連結するベース板61に複数の穴61h…を形成し、ピンPを抜き差しすることで、回転支点の位置を変更可能に構成することにより、例えば、あまり前に移させたくない場合や、後ろに回転させたい場合等、使用状況に応じて苗枠109の動きを多様に調節することができる。
【0022】
次に、苗タンクの施用ホースの構成を説明する。
苗タンク41にその全幅にわたり除草剤Aや米糠ペレットBを散布するための施用ホース71は、苗タンクの要部斜視図を図9(a)に示すように、サイドフレーム72にホースホルダ73を回動可能に軸支し、同図(b)の要部拡大図に示すように、苗タンク41から動力を得たアーム部74と、スライド部のホースホルダ73間にギヤ機構75を設ける。このギヤ機構75は2枚の異なるギヤによってギヤ比を変えることにより、ホースホルダ73に保持したホース71について苗タンク41の1条分のスライド動作によって2条分のホーススライド動作を得ることができる。
このように、苗タンク41の左右スライド動作を利用してアームをスライドさせることにより、特開2006−50950号公報等の先行構成例の如くの複雑な構成を要することなく、ホース71を往復動作させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の適用対象の田植機の側面図
【図2】伝動装置の構成展開図
【図3】伝動調節手段の要部拡大図
【図4】伝動調節手段の動作タイミングチャート
【図5】植付装置の要部関係図
【図6】給油手段の拡大説明図
【図7】上段苗枠の分解斜視図
【図8】補助苗枠の支持部の分解斜視図
【図9】苗タンクの要部斜視図(a)およびその要部拡大図(b)
【符号の説明】
【0024】
4 入力軸
31 爪クラッチ機構(伝動調節手段)
32 ブレーキ機構
33 クラッチレバー
34 ブレーキレバー
34p 駒
35 抑速ダンパ
36 操作カム
36a カム軸
37 ギヤ機構(連繋機構)
38 ワイヤ(連繋機構)
101 乗用田植機(作業車両)
102 前輪
103 後輪
105 植付装置(作業装置)
106 伝動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力遮断操作用のクラッチレバー(33)を備えて走行動力を断接する爪クラッチ機構(31)からなる伝動調節手段を備えた作業車両用走行伝動装置において、
上記伝動調節手段は、爪クラッチ機構(31)の伝動下手側にその伝動トルクの範囲内の制動トルクを作用しうるブレーキ機構(32)を設け、このブレーキ機構(32)は、操作位置に応じて制動トルクを作用するブレーキレバー(34)と、このブレーキレバー(34)の操作解除による戻り速度を抑える抑速ダンパ(35)とを備え、かつ、上記クラッチレバー(33)とブレーキレバー(34)の操作を同時解除をするための連繋機構(36,37)を設けたことを特徴とする作業車両用走行伝動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−93565(P2009−93565A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−265849(P2007−265849)
【出願日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【出願人】(000000125)井関農機株式会社 (3,813)
【Fターム(参考)】