説明

車両の運動制御装置

【課題】車両の操作状態量や運動状態量を検知するセンサからの信号が異常な場合にも、運転者に違和感を与えない車両の運動制御装置を提供する。
【解決手段】車両の運動制御装置は、コントロールユニット37、並びに、センサ2,3,4,30,31,32,33等を含んで構成されている。実状態量取得部52は、実車体横滑り角βz_act、実ヨーレートγactを偏差演算部55に入力する。規範動特性モデル演算部54は、動特性モデルを用いて、規範車体横滑り角βz_d、規範ヨーレートを算出して偏差演算部55に入力する。仮想外力演算部61は、偏差演算部55から出力される偏差にもとづいて、規範動特性モデル演算部54に仮想外力Mvをフィードバックする。このとき、仮想外力演算制御部62が、前記したセンサからの信号の検知状態にもとづいて、仮想外力の補正を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
左右の車輪に駆動力を配分して車両のヨーモーメントを制御する駆動力配分装置において、駆動力配分量をアクセル開度、エンジン回転速度、車速、前輪転舵角、横方向加速度、ヨーレート、車体横滑り角(車体スリップ角とも言う)等にもとづいてヨーレートフィードバック制御及びスリップ角フィードバック制御する技術が、特許文献1等により知られている。
同様に車体横滑り角にもとづいて左右の車輪の制動力を制御して、ヨーモーメントを制御する制動装置や、車体横滑り角にもとづいて前輪転舵角を補正制御する技術が知られている。
また、後輪軸の横滑り角及び横滑り角速度から目標ヨーモーメントを演算し、左右の車輪の制動力を制御して、車両のヨーモーメントを制御する制動装置が特許文献2により知られている。
【0003】
さらに、最近では、運転者の目標通りに車両を旋回させる回頭性を向上させるとともに、車両がスピン状態に陥るのを抑制し、誤作動や過剰制御を防止する車両の運動制御技術として、車両の運動モデルにもとづいた車両の第1モデル状態量(本願発明における「規範姿勢状態量」に対応)と、車両の第1実状態量(本願発明における「実姿勢状態量」に対応)との偏差にもとづいて、前記車両の運動モデルにフィードバックする仮想外力を補正演算するとともに、車両運動を発生させるアクチュエータの駆動量にフィードバックするヨーモーメント等を演算するフィードバック分配演算手段を備えた車両の運動制御装置の技術が特許文献3により知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−170822号公報(図6参照)
【特許文献2】特開平9−99826号公報(図2〜図7、及び段落[0077]〜[0081]参照)
【特許文献3】特許第4143111号公報(図1、図2参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献3に記載されたような車両の運動制御装置にあっては、運転者の車両の操作状態量や、車両の運動状態量を検知するセンサからの信号が異常な場合や、センサからの信号にもとづいて車両の第1実状態量を検出または推定する実状態量把握手段(本願発明における「実姿勢状態決定手段」に対応)が異常な結果を演算すると予想される場合に、それを用いて演算された仮想外力をそのまま、車両の運動モデルにフィードバックすると、車両の運動モデルにもとづいた車両の第1モデル状態量と、車両の第1実状態量との間の乖離が大きくなり、運転者に違和感を与えるおそれがある。
【0006】
本発明は、前記した従来の課題を解決するものであり、車両の操作状態量や運動状態量を検知するセンサからの信号が異常な場合や、センサからの信号にもとづいて車両の実姿勢状態量を推定する実姿勢状態決定手段が異常な結果を演算すると予想される場合にも、運転者に違和感を与えないような車両の運動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、請求項1に係る発明は、運転者の車両の操作状態量を検知する操作状態検知手段と、車両の運動状態量を検知する運動状態検知手段と、車両の操作状態量及び車両の運動状態量に対応した車両の規範姿勢状態量を、所定の外力が作用する状態における車両の運動モデルにもとづき演算する規範姿勢状態量演算手段と、操作状態検知手段からの検知信号及び運動状態検知手段からの検知信号にもとづき、車両の実姿勢状態量を決定する実姿勢状態決定手段と、車両の規範姿勢状態量と車両の実姿勢状態量との偏差を演算する姿勢状態量偏差演算手段と、姿勢状態量偏差演算手段で演算された偏差にもとづき外力を補正して規範姿勢状態量演算手段にフィードバックする仮想外力演算手段と、姿勢状態量偏差演算手段で演算された偏差にもとづき車両運動を発生させるアクチュエータの駆動量を決定するアクチュエータ制御手段と、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、仮想外力演算手段における外力の補正を制御する仮想外力演算制御手段と、を備えたことを特徴とする。
【0008】
請求項1に記載の発明によれば、仮想外力演算制御手段において操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態がチェックでき、操作状態検知手段または運動状態検知手段からの検知信号が、例えば、異常と判定されたときや、車両の低速走行状態等、車両の運動状態量演算が困難と判定したときには、それに応じて、仮想外力演算手段における外力の補正を、例えば、規範姿勢状態量演算手段にフィードバックするのを禁止するようにしたり、増大するようにしたり、減少するようにしたり制御できる。
【0009】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の発明の構成に加え、仮想外力演算制御手段は、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の発明によれば、仮想外力演算制御手段が、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態から、例えば、操作状態検知手段または運動状態検知手段からの検知信号が異常または規範姿勢状態量の演算に適さない状態であると判定された場合は、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御して、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離を抑制制御することができる。
【0011】
請求項3に係る発明は、請求項1に記載の発明の構成に加え、仮想外力演算制御手段は、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、仮想外力演算手段において外力の補正を増大するように制御することを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載の発明によれば、仮想外力演算制御手段が、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態から、例えば、操作状態検知手段または運動状態検知手段からの検知信号が異常な値となる傾向を示しているが、まだ異常と判定されていない場合等、外力の補正が過小であるとして、仮想外力演算手段において外力の補正を増大するように制御して、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離を減少させ、過剰制御や誤作動を抑制できる。
【0013】
請求項4に係る発明は、請求項1に記載の発明の構成に加え、仮想外力演算制御手段は、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、仮想外力演算手段において外力の補正を減少するように制御することを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載の発明によれば、仮想外力演算制御手段が、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態から、例えば、操作状態検知手段または運動状態検知手段からの検知信号が急変した際に車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との偏差が小さい場合等には、外力の補正が過大にならないように、仮想外力演算手段において外力の補正を減少するように制御して、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離を緩やかに減少させるよう制御することができる。
【0015】
請求項5に係る発明は、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、操作状態検知手段または運動状態検知手段の異常を判定する検知異常判定手段をさらに備え、実姿勢状態決定手段は、所定の代替値を用いて実姿勢状態量を演算する代替値演算手段をさらに有し、検知異常判定手段が、操作状態検知手段または運動状態検知手段の異常を検知した場合は、仮想外力演算制御手段が仮想外力演算手段における外力の補正を制御するとともに、代替値演算手段が、所定の代替値を用いて実姿勢状態量を演算することを特徴とする。
【0016】
請求項5に記載の発明によれば、検知異常判定手段が操作状態検知手段または運動状態検知手段の異常または検出値が規範姿勢状態量の演算に適さない状態であることを判定することができ、代替値演算手段が、所定の代替値を用いて実姿勢状態量を演算する。しかし、所定の代替値を用いた場合、実姿勢状態量、例えば、実ヨーレートの代替値や実車体横滑り角の代替値の精度が低下する場合がある。そこで、そのような場合に、仮想外力演算制御手段は、操作状態検知手段または運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、例えば、仮想外力演算手段において外力の補正を減少するように制御することで車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離を抑制制御することができる。
【0017】
請求項6に係る発明は、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、仮想外力演算制御手段は、操作状態検知手段にもとづいて検知される転舵角が転舵角未推定状態の場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする。
【0018】
請求項6に記載の発明によれば、操作状態検知手段の中の1つに含まれる、例えば、転舵角センサが、中点補正を完了していないような転舵角未推定状態の場合に、転舵角を入力として用いる車両の運動モデルにもとづき演算された規範姿勢状態量、例えば、規範ヨーレートや規範車体横滑り角は誤差が大きい。また、実姿勢状態量決定部における車両の実姿勢状態量、例えば、実車体横滑り角にも誤差を含むことになる。そこで、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量の偏差にもとづく外力の補正を禁じて、仮想外力のフィードバックをされないように制御するので、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離を抑制制御することができる。
【0019】
請求項7に係る発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、仮想外力演算制御手段は、操作状態検知手段または運動状態検知手段にもとづいて車両の後退状態の場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする。
【0020】
請求項7に記載の発明によれば、操作状態検知手段の中の1つに含まれる、例えば、セレクトレバー位置検出センサが、車両の後退位置にあることを検出した場合や、操作状態検知手段及び運動状態検知手段による転舵角と横加速度に対してヨーレートが逆方向に生じている場合等に、車両が後退状態にあると判定して、車両の前進走行状態を前提にした車両の運動モデルにもとづき演算された規範姿勢状態量、例えば、規範ヨーレートや規範車体横滑り角は誤差が大きいので、それにもとづく外力の補正を禁じて、仮想外力のフィードバックをされないように制御するため、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離を抑制制御することができる。
【0021】
請求項8に係る発明は、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、運動状態検知手段は、車両の横方向の路面の傾斜を判定する傾斜判定手段を有し、仮想外力演算制御手段は、傾斜判定手段が所定以上の路面の傾斜角を検出した場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする。
【0022】
請求項8に記載の発明によれば、仮想外力演算制御手段は、傾斜判定手段が所定以上の路面の傾斜角を検出した場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止する。従って、車両の横方向の路面の傾斜角(路面のバンク角)が所定以上の場合、車両の運動状態量を検知する運動状態量検知手段に含まれるヨーレートセンサ、横加速度センサの誤差が大きくなり、車両の実姿勢状態量と車両の規範姿勢状態量との乖離が大きくなるのを抑制できる。
【0023】
請求項9に係る発明は、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、車速が所定以下であることを判定する低速走行判定手段を有し、仮想外力演算制御手段は、低速走行判定手段が、車速が所定以下であることを検出した場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする。
【0024】
車両が所定の速度未満の低速走行中の場合に、実姿勢状態決定手段における実車体横滑り角の演算の精度低下や、規範姿勢状態量演算手段における規範ヨーレート、規範車体横滑り角の演算の精度が低下しやすい傾向がある。請求項9に記載の発明によれば、仮想外力演算制御手段は、低速走行判定手段が、車速が所定以下であることを検出した場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御するので、規範姿勢状態量演算手段への仮想外力補正を禁止するほうが、運転者に操向ハンドルの操作状態に応じた車両の旋回運動を生じさせ、運転者に違和感を与えない。
【0025】
請求項10に係る発明は、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、路面摩擦係数が所定以下であることを判定する低路面摩擦係数判定手段を有し、仮想外力演算制御手段は、低路面摩擦係数判定手段が、路面摩擦係数が所定以下であることを検出した場合に、仮想外力演算手段において外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする。
【0026】
路面の摩擦係数μが所定値以下の場合、例えば、凍結路面を走行時は、実姿勢状態決定手段における実車体横滑り角の計算精度の低下や、規範姿勢状態量演算手段における規範ヨーレート、規範車体横滑り角の演算の精度が低下しやすい傾向がある。姿勢状態量偏差演算手段における偏差にもとづく仮想外力の補正をすることにより車両のヨーモーメントの外乱を逆に与えるおそれを無くすことができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、車両の操作状態量や運動状態量を検知するセンサからの信号が異常な場合や、センサからの信号にもとづいて車両の実姿勢状態量を推定する実姿勢状態決定手段が異常な結果を演算すると予想される場合等にも、運転者に違和感を与えない車両の運動制御装置を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施形態に係る車両の運動制御装置を適用した車両の模式図である。
【図2】車両の運動制御装置における制御ロジックを説明するためのブロック機能構成図である。
【図3】車両の動特性モデルにおいて考えるモデル車両上の符号の説明図である。
【図4】フィードバック不感帯処理部の説明図である。
【図5】後輪横滑り角不感帯処理部の説明図である。
【図6】仮想外力演算制御部の制御の流れを示すフローチャートである。
【図7】仮想外力演算制御部の制御の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。
図1は本実施形態に係る車両の運動制御装置を適用した車両の模式図である。
図2は車両の運動制御装置における制御ロジックを説明するためのブロック機能構成図である。
【0030】
図1に示すように、車両1は前輪駆動車両であり、駆動力伝達装置Tと、ステアバイワイヤ式の前輪操舵装置SBWとを含んでいる。
車両1には、運転者が操作する操向ハンドル21aの操作量(車両の操作状態量)を検出する操作角検出センサ(操作状態検知手段)21c、図示しないセレクトレバーの選択位置(車両の操作状態量)を検出するセレクトレバーポジションセンサ(操作状態検知手段)2、図示しないアクセルペダルの踏み込み量(車両の操作状態量)を検出するアクセルペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)3、図示しないブレーキペダルの踏み込み量(車両の操作状態量)を検出するブレーキペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)4が設けられている。
また、車両1は、車両1の運動制御装置として、コントロールユニット(車両の運動制御装置)37、前輪操舵装置SBWの制御部である転舵角制御装置40、その他各種のセンサ、例えば、各車輪WfL,WfR,WrL,WrRの車輪速(車両の運動状態量)を検出する車輪速センサ(運動状態検知手段)30fL,30fR,30rL,30rR、車両1の実ヨーレート(車両の運動状態量)を検出するヨーレートセンサ(運動状態検知手段)31、車両1の横方向加速度(車両の運動状態量)を検出する横加速度センサ(運動状態検知手段)32等を備えている。
【0031】
コントロールユニット37は、VSAシステム(Vehicle Stability Assist System:車両挙動安定化制御システム)のためのコントロールユニットであり、その機能としては、ブレーキ制御ECU(Electric Control Unit)29を協調して動作させるABS(Antilock Brake System)機能、油圧回路28やエンジンECU27を協調して動作させるTCS(Traction Control System)機能、油圧回路28及びブレーキ制御ECU29を協調させて動作させるAYC(Active Yaw Control)機能も含んでいる。
本実施形態では、前記したAYC機能における特徴に注目して説明をする。そのため、図2に示すコントロールユニット37の機能ブロック構成図には、ABSの機能の機能ブロック、TCS機能の機能ブロックは省略してある。
AYC機能そのためにコントロールユニット37は、転舵時の運動制御のために油圧回路28を介して駆動力伝達装置Tを制御したり、転舵時の運動制御のために各車輪WのブレーキBfL,BfR,BrL,BrRをブレーキ制御ECU(Electric Control Unit)29を介して制御したりする。
【0032】
(動力伝達系)
まず、本実施形態の車両1の運動制御装置を適用する車両1の動力伝達系について説明する。車体前部に横置きに搭載したエンジンENGの右端にトランスミッシヨンT/Mが接続されており、これらエンジンENG及びトランスミッションT/Mの後部に駆動力伝達装置Tが配設される。駆動力伝達装置Tの左端及び右端から左右に延出する左ドライブシャフトAL及び右ドライブシャフトARには、それぞれ駆動輪である左前輪WfL及び右前輪WfRが接続される。
【0033】
駆動力伝達装置Tは、トランスミッションT/Mから延びる入力軸で入力され、例えば、特開2008−239115号公報の図1に記載のようにディファレンシャルと、ダブルピニオン式の遊星歯車機構とを含んで構成されている。
そして、駆動力伝達装置Tの遊星歯車機構は、コントロールユニット37により油圧回路28を介して制御される左油圧クラッチCL及び右油圧クラッチCRを含んでいる。
車両1の直進走行時には左油圧クラッチCL及び右油圧クラッチCRが共に非係合状態とされる。車両1の右旋回時には、コントロールユニット37に油圧回路28が制御されて、右油圧クラッチCRの係合力が適宜調整されることによって、左前輪WfLの回転速度は右前輪WfRの回転速度に対して増速される。左前輪WfLの回転速度が右前輪WfRの回転速度に対して増速されると、旋回内輪である右前輪WfRのトルクの一部を旋回外輪である左前輪WfLに伝達することができる。
一方、車両1の左旋回時には、コントロールユニット37に油圧回路28が制御されて、左油圧クラッチCLの係合力が適宜調整されて、右前輪WfRの回転速度は左前輪WfLの回転速度に対して増速される。右前輪WfRの回転速度が左前輪WfLの回転速度に対して増速されると、旋回内輪である左前輪WfLのトルクの一部を旋回外輪である右前輪WfRに伝達することができる。
【0034】
(前輪操舵装置)
次に、本実施形態における前輪操舵装置の構成を説明する。
この前輪操舵装置SBWは、ステアバイワイヤを実現するものであり、運転操作装置である操作部21と、ステアリング装置機構である転舵部25と、転舵部25を制御する転舵角制御装置40とを含んでなる。
操作部21は運転者が操作する操向ハンドル21aを備え、この操向ハンドル21aの操作角θを転舵角制御装置40で処理し、この処理結果にもとづいて転舵部25のステアリングモータ25aを駆動させて転舵輪である左右の前輪WfL,WfRを転舵する。
【0035】
操作部21は、運転者が操作する操向ハンドル21aと、操向ハンドル21aの回転軸である操舵軸21bと、操向ハンドル21aの操作角θを検出する操作角検出センサ21cと、操作トルクセンサ21dと、操向ハンドル21aの操作性を向上させる操作反力モータ21eとを含んで構成される。操作トルクセンサ21dは、公知のセンサからなり、操向ハンドル21aから入力されるトルク量を検出することで、操作開始時や左右の前輪WfL,WfRの方向切り替え時(切り返し時)の応答性を向上させるものである。一方、操作角検出センサ21cは、操向ハンドル21aの操作による操舵軸21bの回転位置を検出する公知のセンサから構成され、操向ハンドル21aの操作角θを、例えば、電圧値として出力するものである。この操作角検出センサ21cからの出力は、転舵角制御装置40が転舵輪である左右の前輪WfL,WfRの転舵角を設定するのに用いられる。
【0036】
さらに、操舵軸21bの他端部は、操作反力モータ21eの回転軸に連結されている。この操作反力モータ21eは、転舵角制御装置40からの信号を受けて、操向ハンドル21aの回転位置及び操作方向に応じて、操向ハンドル21aの操作方向(操向ハンドル21aの動き)とは異なる向き及び所定の大きさの反力(操作反力)を発生させることによって、転舵操作の操作性及び精度を向上させる機能を有している。
【0037】
ここで、左右の前輪WfL,WfRの転舵は、ステアリングモータ25aの回転を、例えば、ボールねじ機構25bによってラック軸25cの直線運動に変換し、それをタイロッド25d,25dを介して左右の前輪WfL,WfRの転舵運動に変換する転舵部25により行われている。
なお、直線運動時のラック軸25cの位置は、転舵部25に設けられた転舵角センサ(操作状態検知手段)33によって転舵角δ(車両の操作状態量)として検出され、転舵角制御装置40にフィードバックされている。
【0038】
各車輪WfL,WfR,WrL,WrRには、車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rRが設けられており、車輪速を検出して、コントロールユニット37に入力される。
コントロールユニット37の車速演算部(運動状態検知手段)52a(図2参照)では、入力された車輪速から車速Vactを演算して、転舵角制御装置40に車速Vactを入力する。
また、各車輪WfL,WfR,WrL,WrRには、ブレーキBfL,BfR,BrL,BrRが設けられ、ブレーキ制御ECU29により制御される。
ここで、左油圧クラッチCL、右油圧クラッチCR、ブレーキBfL,BfR,BrL,BrRが、特許請求の範囲に記載の「アクチュエータ」に対応する。
【0039】
(転舵角制御装置)
転舵角制御装置40は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及び所定の電気回路を備えたECU(電子制御ユニット)から構成され、図1に示すように、操作部21及び転舵部25とは信号伝達ケーブルを介して電気的に連結されている。
転舵角制御装置40は、操作部21の操作角検出センサ21c、操作トルクセンサ21dからの検出信号と、車速演算部52a(図2参照)からの車速Vactの信号を受け取り、前輪WfL,WfRの向くべき前輪目標転舵角を設定し、また、操作部21の操作反力モータ21eの制御を行なう目標転舵角設定・操作反力制御部40aと、ステアリングモータ25aを駆動させるステアリングモータ制御部40bを含んで構成されている。
転舵角制御装置40の構成は、例えば、特開2004−224238号公報の図2に示されているものと同様である。
【0040】
(車両の運動制御装置の構成)
次に、油圧回路28を介して駆動力伝達装置Tによる左右の前輪WfL,WfRそれぞれへの駆動トルクを制御したり、ブレーキ制御ECU29を介して各車輪WfL,WfR,WrL,WrRそれぞれの制動力を制御したりして、車両1の重心回りのヨーモーメントを制御するコントロールユニット37における制御ロジックを、図2を参照しながら、適宜、図1を参照して説明する。
【0041】
コントロールユニット37は、CPU,ROM,RAM及び所定の電気回路を備えたECUから構成されている。コントロールユニット37は、図1に示すように転舵角制御装置40と信号伝達ケーブルを介して電気的に連結されている。また、コントロールユニット37は、図1に示すように油圧回路28及びブレーキ制御ECU29と信号伝達ケーブルを介して電気的に連結されていると同時に、図示を省略するがエンジンECU27とも通信回線で連結されている。エンジンECU27からは、駆動輪である前輪WfL,WfRへの駆動トルク、セレクトレバーの選択位置、アクセルポジションの信号が入力される。ブレーキ制御ECU29からは、ブレーキの各液圧PfL,PfR,PrL,PrR(図2では、1つの液圧Pで代表的に表示)が入力される。
なお、ここでは、エンジンECU27は、トランスミッションT/Mの減速比を制御する機能も有しているとしている。
【0042】
コントロールユニット37は、機能ブロックとして、フィードフォワード目標値設定部51(以下、「FF目標値設定部51」と称する)、実状態量取得部(運動状態検知手段、実姿勢状態決定手段)52、規範操作量決定部53、規範動特性モデル演算部(規範姿勢状態量演算手段)54、偏差演算部(姿勢状態量偏差演算手段)55、フィードバック目標値演算部56(以下、「FB目標値演算部56」と称する)、フィードバック不感帯処理部57、加算部58、アクチュエータ動作目標値合成部(仮想外力演算制御手段)59、仮想外力演算部(仮想外力演算手段)61、仮想外力演算制御部(仮想外力演算制御手段)62、加算部63、後輪実横滑り角補正部65、加算部66、後輪横滑り角不感帯処理部67、アンチスピン目標ヨーモーメントフィードバック演算部68(以下、「アンチスピン目標ヨーモーメントFB部68」と称する)、アンチスピン仮想ヨーモーメントフィードバック演算部69(以下、「アンチスピン仮想ヨーモーメントFB部69」と称する)を含んで構成されている。
【0043】
コントロールユニット37のCPUは、各制御処理周期において、前記した各機能ブロックの処理を行う。以下に、コントロールユニット37前記した各機能ブロックの詳細な説明を行う。
【0044】
《FF目標値設定部》
FF目標値設定部51は、操向ハンドル21aの操作角θや、セレクトレバーの選択位置や、アクセルペダルの踏み込み量やブレーキペダルの踏み込み量等の運転操作入力(車両の操作状態量)、実状態量取得部52の車速演算部52aで演算された車速Vact(車両の運動状態量)を読み込み、ブレーキBfl,BfR,BrL,BrRや、左右油圧クラッチCL,CR、トランスミッション減速比等のそれぞれのFF目標値を設定する。
このFF目標値設定部51は、例えば、前記特許文献3の段落[0372]〜[0377]及び図17に記載のように、制動力の車輪WfL,WfR,WrL,WrRへのFF目標値、駆動力の左右前輪WfL,WfRへのFF目標値を設定する。FF目標値とは、具体的には、車輪WfLに対して、ブレーキBfLによるFF目標第1輪ブレーキ駆動・制動力を、輪WfRに対して、ブレーキBfRによるFF目標第2輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrLに対して、ブレーキBrLによるFF目標第3輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrRに対して、ブレーキBrRによるFF目標第4輪ブレーキ駆動・制動力を演算設定する。
また、FF目標値として、車輪WfLに対して、左油圧クラッチCLによるFF目標第1輪駆動系駆動・制動力を、輪WfRに対して、右油圧クラッチCRによるFF目標第2輪駆動系駆動・制動力を演算設定する。さらに、FF目標値として、トランスミッションT/MのFF目標ミッション減速比を演算設定しても良い。
【0045】
《実状態量取得部》
次に、実状態量取得部52は、セレクトレバーポジションセンサ2からの選択位置信号、アクセルペダルポジションセンサ3からの踏み込み量を示す信号、ブレーキペダルポジションセンサ4からの踏み込み量を示す信号、操作角検出センサ21cからの操向ハンドル21aの操作角θを示す信号、ヨーレートセンサ31から車両1の実ヨーレートγactを示す信号、横方向加速度センサ32から車両1の横方向加速度Gsを示す信号、4つの車輪速センサ30(図1では本実施形態では、30fL,30fR,30rL,30rRと表示)からの各車輪速Vwを示す信号、転舵角センサ33からの転舵角δを示す信号等を取得する。
実状態量取得部52は、機能ブロックとして、さらに、車速演算部(運動状態検知手段)52a、摩擦係数推定演算部(運動状態検知手段)52b、実車体横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)52c、実前輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)52d、実後輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)52e、実横滑り角速度演算部(実姿勢状態決定手段)52f、実状態量判定部(仮想外力演算制御手段、検知異常判定手段)52g、代替値算出部(実姿勢状態決定手段、代替値演算手段)52h、タイヤ特性設定部(実姿勢状態決定手段)52i、バンク角推定演算部(傾斜判定手段)52kを有している。
なお、実状態量取得部52は、ヨーレートセンサ31からの検知信号を取得して、中点学習をして、左右のヨーレートが発生していない状態をゼロ点として補正された実ヨーレートγactを、実状態量取得部52の他の機能ブロックに出力する機能ブロックとしてのヨーレート中点学習補正部や、転舵角センサ33からの検知信号を取得して、中点学習をして、中立状態(車両1の直進状態)をゼロ点として補正された転舵角δを、実状態量取得部52の他の機能ブロックに出力する機能ブロックとしての転舵角中点学習補正部等も有しているが、図2では省略してある。
ちなみに、中点学習をして補正された実ヨーレートγactは偏差演算部55に入力される。
【0046】
(車速演算部)
車速演算部52aは、例えば、特開2000−85558号公報に開示されているように公知の方法を用い、車輪速センサ30からの各車輪速Vw等にもとづいて車速Vact(車両の運動状態量)を演算する。特に、ブレーキペダルが操作されていないときは、従動輪である後輪WrL,WrRの車輪速センサ30rL,30rRの示す各車輪速Vwの平均値が車速Vactである。車速演算部52aは、車輪速センサ30からの各車輪速Vwと車速Vactから各車輪Wのスリップ率も演算する。
本実施形態は、車速Vactを車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rRから算出することに限定されず、車両1が車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rRとは別に、対地速度を直接検出する公知の車速センサを備え、実状態量取得部52が車速センサから車速Vactを示す信号を取得する構成としても良い。
【0047】
(摩擦係数推定演算部)
摩擦係数推定演算部52bは、例えば、特開2000−85558号公報に開示されているように公知の方法を用い、横方向加速度Gs、実ヨーレートγact、タイヤ特性設定部52iからの各車輪Wごとのタイヤ特性(実車輪横すべり角−コーナリングフォース特性、車輪Wのスリップ率−コーナリングフォース減少率特性、車輪Wのスリップ率−制・駆動特性)、車輪スリップ率、実前輪横滑り角演算部52dで演算された前輪WfL,WfRの横滑り角βf_act、実後輪横滑り角演算部52eで演算された、後輪WrL,WrRの横滑り角βr_act等にもとづいて車両の運動状態量のパラメータの1つである路面の摩擦係数μを推定演算する。
ちなみに、タイヤ特性設定部52iは、例えば、特開2000−85558号公報の段落[0013]及び図3に開示されているタイヤ特性設定手段12に対応する。
なお、摩擦係数推定演算部52bは、特開2007−145075号公報の段落[0029]〜[0032]に開示されているように、各車輪WのブレーキBfL,BfR,BrL,BrRの各液圧Pから各車輪Wの制動力を演算し、各車輪Wの制動力、各車輪Wの角速度、車輪Wの半径、車輪Wの慣性モーメント、各車輪Wの接地荷重にもとづいて路面の摩擦係数μを推定演算しても良い。
摩擦係数推定演算部52bは、推定した路面の摩擦係数μの結果を実状態量判定部52gに出力する。
【0048】
(実車体横滑り角演算部)
実車体横滑り角演算部52cは、例えば、特開2000−85558号公報に開示されているように公知の方法を用い、転舵角δ、実ヨーレートγact、横方向加速度Gs、車速Vact、各車輪Wのスリップ率等にもとづいて公知の方法で実車体横滑り角(車両の実姿勢状態量)βz_actを推定演算する。ここで実車体横滑り角βz_actは、図3に示すように車両1の重心回りの車体横滑り角であり、車体スリップ角とも言われる。ここでは、前記した規範動特性モデル演算部54において演算される重心回りの車体横滑り角である規範車体横滑り角βz_dと区別するために実車体横滑り角βz_actと称する。
実車体横滑り角演算部52cにおいて推定演算された実車体横滑り角βz_actは、偏差演算部55に入力される。
【0049】
(実前輪横滑り角演算部)
実前輪横滑り角演算部52dは、前輪WfL,WfRの実横滑り角βf_act(以下、単に「前輪実横滑り角(車両の実姿勢状態量)βf_act」と称する)を、実車体横滑り角βz_act、実ヨーレートγact、車速Vact、転舵角δにもとづいて公知の方法で演算する。また、実後輪横滑り角演算部52eは、後輪WrL,WrRの実横滑り角βr_act(以下、単に「後輪実横滑り角(車両の実姿勢状態量)βr_act」と称する)を、実車体横滑り角βz_act、実ヨーレートγact、車速Vactにもとづいて公知の方法で演算する。
例えば、次式(1)のように前輪実横滑り角βf_actは演算でき、次式(2)のように後輪実横滑り角βr_actは演算できる。
βf_act=βz_act+Lf・γact/Vact−δ ・・・・(1)
βr_act=βz_act−Lr・γact/Vact ・・・・・・(2)
ここで、Lfは、車両1の重心と前輪WfL,WfRのドライブシャフトAL,ARとの前後方向距離であり、Lrは、車両1の重心と後輪WrL,WrRの回転軸との前後方向距離である(図3参照)。
実前輪横滑り角演算部52dで演算された前輪実横滑り角βf_actは、アクチュエータ動作目標値合成部59に入力される。
実後輪横滑り角演算部52eで演算された後輪実横滑り角βr_actは、加算部66及びアクチュエータ動作目標値合成部59に入力される。
【0050】
(実横滑り角速度演算部)
実横滑り角速度演算部52fは、実車体横滑り角演算部52cで周期的に演算された前回の実車体横滑り角βz_actと今回の実車体横滑り角βz_actにもとづいて、時間微分し、実車体横滑り角速度(車両の実姿勢状態量)β′actを演算する。実横滑り角速度演算部52fで演算された実車体横滑り角速度β′actは、偏差演算部55に入力される。
また、実横滑り角速度演算部52fは、実後輪横滑り角演算部52dで周期的に演算された前回の後輪実横滑り角βr_actと今回の後輪実横滑り角βr_actにもとづいて、時間微分し、後輪実横滑り角速度(車両の実姿勢状態量)β′r_actを演算する。実横滑り角速度演算部52fで演算された後輪実横滑り角速度β′r_actは、後輪実横滑り角補正部65に入力される。
【0051】
(バンク角推定部)
バンク角推定演算部52kは、公知の方法で、例えば、特開平11−59367号公報の特に段落[0094]に開示されているように、横方向加速度Gs、実ヨーレートγactにもとづいてバンク角を推定する。
【0052】
(実状態量判定部)
次に、実状態量判定部52gの機能について説明する。
実状態量判定部52gは、前記した各種センサ、セレクトレバーポジションセンサ2、アクセルペダルポジションセンサ3、ブレーキペダルポジションセンサ4、車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rR、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33からの信号を監視し、必要に応じて、代替値算出部52hに制御指令を出したり、仮想外力演算制御部62に制御指令を出したりする。
実車体横滑り角演算部52cにおける実車体滑り角βz_actの推定演算には、実ヨーレートγactと転舵角δとは重要なパラメータである。
【0053】
そこで、実状態量判定部52gは、ヨーレートセンサ31、転舵角センサ33からの検知信号を監視する。そして、実状態量判定部52gが、ヨーレートセンサ31が故障したと判定した場合は、実車体横滑り角演算部52cに指令信号を入力し、演算を中止させるとともに、代替値算出部52hにおいて、実ヨーレートγactの代替値γaltと実車体滑り角βz_actの代替値βz_altを演算させ、実前輪横滑り角演算部52d、実後輪横滑り角演算部52eに指令して、前輪WfL,WfRの実横滑り角βf_act、後輪WrL,WrRのβr_actを算出する場合に、代替値γalt及び代替値βz_altを使用して演算させる。同様に、実状態量判定部52gが、転舵角センサ33が故障したと判定した場合は、実車体横滑り角演算部52cに指令信号を入力し、演算を中止させるとともに、代替値算出部52hにおいて、実ヨーレートγactの代替値γaltと実車体滑り角βz_actの代替値βz_altを演算させ、実前輪横滑り角演算部52d、実後輪横滑り角演算部52eに指令して、前輪WfL,WfRの実横滑り角βf_act、後輪WrL,WrRのβr_actを算出する場合に、代替値γalt及び代替値βz_altを使用して演算させる。
【0054】
そして、実状態量判定部52gは、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33等が故障と判定したとき、仮想外力演算制御部62にそれぞれのセンサ故障判定結果のフラグ信号を入力し、仮想外力演算制御部62にそれに応じた制御をさせる。この制御については、図6の説明の中に後記する。
【0055】
また、実状態量判定部52gは、セレクトレバーポジションセンサ2の位置信号と、操作角検出センサ21cからの操作角θを示す信号と、車速演算部52aで演算した車速Vactとから、車両1の所定値以上の前進速度で走行中の運転者による操向ハンドル21aの急操作(操作角θの時間微分である操作角速度θ′の絶対値が所定値以上であること)を検出して、それを検出後の所定の時間の間、またはそれを検出後の所定値以上の横方向加速度Gsを検出しなくなって、所定時間を経過するまでの間、操向ハンドル21aの急操作中を示すハンドル急操作フラグ信号を仮想外力演算制御部62に入力する。
【0056】
さらに、実状態量判定部52gは、前記した図示しないヨーレート中点学習補正部、転舵角中点学習補正部を監視し、実ヨーレートγact、転舵角δの中点学習が完了したか否かをチェックし、中点学習が完了していない間は、中点学習未了のフラグ信号を仮想外力演算制御部62に入力する。
【0057】
また、実状態量判定部52gは、セレクトレバーポジションセンサ2の位置信号と車速演算部52aで演算した車速Vactから、車両1が停止中、車両1が後退走行中、車両1が所定値未満の速度での低速走行中を判定して、それぞれの状態を示す停止中フラグ信号、後退走行フラグ信号、低速走行フラグ信号を仮想外力演算制御部62に入力する。
なお、実状態量判定部52gは、セレクトレバーによる後退走行の検出によらず、ヨーレートセンサ31からの実ヨーレートγactの示すヨーレート方向と、横方向加速度センサ32からの横方向加速度Gs及び転舵角センサ33からの転舵角δにもとづき決定される公転ヨーレートとのそれぞれの符号(方向性)によって車両1の後退走向を検出判定するように構成することも可能である。
【0058】
実状態量判定部52gは、バンク角推定演算部52kの出力を監視し、所定値以上のバンク角を示すときは、バンク路フラグ信号を仮想外力演算制御部62に入力する。
さらに、実状態量判定部52gは、摩擦係数推定演算部52bから入力された路面の摩擦係数μの結果が、所定値以下の場合は、路面摩擦係数が低μであることを示す低μフラグ信号を仮想外力演算制御部62に入力する。
【0059】
(代替値算出部)
次に、代替値算出部52hについて説明する。
先ず、ヨーレートセンサ31からの検知信号にもとづく実ヨーレートγactが使用できない場合の、代替値算出部52hにおける実ヨーレートγactの代替値γalt及び実車体横滑り角βz_actの代替値βz_altの算出方法について説明する。この算出方法には、以下の2通りの方法が考えられる。先ず、第1の方法(手法A)について説明する。
〈第1の方法−手法A〉
βz_alt=Kβ(Vact)・δ ・・・・・・・・・・・・・(3A)
γalt=Kγ(Vact)・δ ・・・・・・・・・・・・・・・(4A)
ここで、Kβ(Vact)は、転舵角δから代替値βz_altを算出する際の車速Vactの関数のゲインであり、Kγ(Vact)は、転舵角δから代替値γaltを算出する際の車速Vactの関数のゲインである。
【0060】
〈第2の方法−手法B〉
次に、第2の方法(手法B)について説明する。この第2の方法は、次式(5)に示すように車速Vactと横加速度Gsを用いる方法である。
γalt=γG=Gs/Vact ・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
また、算出されたγaltを用いて、式(4A)において代替値γaltとゲインKγ(Vact)を用い転舵角δの代替値δaltを逆算して得、さらに、式(3A)において、転舵角δの代わりに代替値δaltを代入して代替値βz_altを算出する。
この第2の方法において、代替値δaltを介して式(3A)により代替値βz_altを算出する方法を説明したが、それに限定されるものではない。手法Bの変形として転舵角δを用いて式(3A)により代替値βz_altを直接算出しても良い。
ちなみに、式(5)のは、「公転ヨーレート」と称されるものであり、車両1が旋回中に旋回円の接線方向に向いていると仮定した場合のヨーレートであり、実車体横滑り角βz_actの時間変化分を含んでいない近似値である。
【0061】
次に、転舵角センサ33からの検知信号にもとづく転舵角δが使用できない場合の、代替値算出部52hにおける代替値δalt及び代替値βz_altの算出方法について説明する。この算出方法には、以下の2通りの方法が考えられる。先ず、第1の方法について説明する。
〈第1の方法−手法C〉
この第1の方法(手法C)は、次式(6),(3B)に示すように実ヨーレートγactと車速Vactを用いる方法である。
δaltδ(Vact)・γact ・・・・・・・・・・・・・(6)
βz_alt=Kβ(Vact)・δalt ・・・・・・・・・・・(3B)
ここで、Kδ(Vact)は、実ヨーレートγactから転舵角δの代替値δaltを算出する際の車速Vactの関数のゲインである。
〈第2の方法−手法B〉
第2の方法は、前記した手法Bを用いる。ただし、転舵角δが使えないので手法Bの変形を用いることはできない。
【0062】
ちなみに、横方向加速度センサ32の故障時の代替値Gsaltの計算も次式(7)のように可能である。
Gsalt=γact・Vact ・・・・・・・・・・・・・・(7)
【0063】
さらに、ヨーレートセンサ31と横方向加速度センサ32が同時に使用不可能の場合、次式(4B)、または次式(4C)のように車速Vactと車輪速Vwを用いて代替値γaltの計算ができる。
γalt=(VwR−VwL)/Vact ・・・・・・・・・・・(4B)
ここで、VwR,VwLは、例えば、従動輪である後輪WrL,WrRのそれぞれの車輪速とするが、次式(4C)のように右側の前後輪WfR,WrRの平均車輪速〈VwR〉、左側の前後輪WfL,WrLの平均車輪速〈VwL〉としても良い。
γalt=(〈VwR〉−〈VwL〉)/Vact ・・・・・・・(4C)
そして、式(7)において、式(4B)、または式(4C)により算出した代替値γaltをγactの代わりに代入して、横方向加速度Gsの代替値Gsaltを得ることができる。
また、実車体横滑り角βz_actの代替値βz_altは、式(3A)により容易に算出可能である。
このヨーレートセンサ31と横方向加速度センサ32が同時に使用不可能の場合に、代替値γaltを式(4B)、または式(4C)を用いることに限定されることはなく、式(4A)を用いることは当然可能である。
【0064】
なお、代替値算出部52hで算出された実ヨーレートγactの代替値γalt、実車体横滑り角の代替値βz_alt、実車体滑り角βz_actの代替値βz_altから時間微分で算出される実車体滑り角速度β′z_actの代替値β′z_alt等も、特許請求の範囲に記載の「車両の実姿勢状態量」に含まれる。さらに、ヨーレートセンサ31から実状態量取得部52で取得された実トーレートγactが実状態量判定部52gにおいてセンサ故障等の異常がないものと判定された場合は、特許請求の範囲に記載の「車両の実姿勢状態量」の1つとして偏差演算部55に入力される。
【0065】
《規範操作量決定部》
規範操作量決定部53は、前記した規範動特性モデル演算部54に対する入力としての規範モデル操作量を決定する。本実施形態では、規範操作量決定部53には、車両1の前輪WfL,WfRの転舵角(以下、モデル転舵角δdという)である。このモデル転舵角δdを決定するために、操向ハンドル21a(図1参照)の操作角θ(今回値)が規範操作量決定部53に主たる入力量として入力されるとともに、実状態量取得部52によって演算された車速Vact(今回値)、及び推定摩擦係数μ(今回値)と、規範動特性モデル演算部54上での車両1の状態量(前回値)とが規範操作量決定部53に入力される。そのため、規範操作量決定部53は、規範動特性モデル演算部54上での車両1の状態量を一時保持する前回状態量保持部53aを有している。
そして、規範操作量決定部53は、これらの入力にもとづいてモデル転舵角δdを決定する。モデル転舵角δdは、基本的には、操作角θに応じて決定すれば良い。但し、本実施形態では、規範動特性モデル演算部54に入力するモデル転舵角δdに所要の制限を掛ける。この制限を掛けるために、規範操作量決定部53には、操作角θ以外に、車速Vact、推定された路面摩擦係数μ等が入力される。
ちなみに、規範操作量決定部53は、特許第4143111号公報の段落[0127]〜[0129]等に記載されている「規範操作量決定部14」に対応する。
【0066】
《規範動特性モデル演算部》
次に、図2、図3を参照しながら規範動特性モデル演算部54について説明する。図3は、車両の動特性モデルにおいて考えるモデル車両上の符号の説明図である。
規範動特性モデル演算部54は、車両1の規範とする運動の状態量である規範姿勢状態量をあらかじめ定められた車両動特性モデルを用いて決定して出力する。車両動特性モデルは、車両1の動特性を表し、前記した規範モデル操作量を含む所要の入力をもとに、規範姿勢状態量を逐次演算する。この車両1の規範とする運動は、基本的には、運転者にとって好ましいと考えられる車両1の理想的な運動もしくはそれに近い運動を意味する。
規範動特性モデル演算部54には、規範操作量決定部53で決定された規範モデル操作量、並びに、仮想外力演算部61で演算されたフィードバック制御入力である仮想外力ヨーモーメントMvと、アンチスピン仮想ヨーモーメントFB部69で演算されたアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspを加算した結果が入力され、それらの入力にもとづいて規範姿勢状態量、具体的には、例えば、規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dが、積分演算を含む繰り返し計算で時系列的に演算される。
【0067】
規範ヨーレートγdは、規範動特性モデルで扱うモデル車両1d(図3参照)重心点CG(図3参照)回りのヨー方向の回転運動に関する規範姿勢状態量であり、規範車体横滑り角βz_dは、モデル車両1dの重心点CGにおける車速Vdの方向に対するモデル車両1dの車体前後軸のなす角度である車体横滑り角に関する規範姿勢状態量である。これらの規範姿勢状態量γd,βz_dを制御処理周期毎に逐次演算するために、規範モデル操作量としての前記モデル転舵角(今回値)と、前記フィードッバック制御入力(仮想外力ヨーモーメント)Mv(前回値)とアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_asp(前回値)を加算した結果が入力される。この場合、本実施形態では、規範動特性モデル演算部54上のモデル車両1dの車速Vdを実際の車速Vactに一致させる。このために、規範動特性モデル演算部54には、実状態量取得部52によって演算された車速Vact(今回値)も規範操作量決定部53を介して入力される。そして、規範動特性モデル演算部54は、これらの入力をもとに、該規範動特性モデル上でのモデル車両1dの規範ヨーレートγd及び規範車体横すべり角βz_d、規範車体横すべり角速度β′z_d演算して、偏差演算部55に出力する。
【0068】
なお、規範動特性モデル演算部54に仮想外力演算部61からフィードバック制御入力されるフィードバック入力Mvは、車両1の走行環境(路面状態等)の変化(規範動特性モデルで考慮されていない変化)や、規範動特性モデルのモデル化誤差、または、各センサの検出誤差もしくは実状態量取得部52における推定演算誤差等に起因して、車両1の運動とモデル車両1dの規範運動とがかけ離れる(乖離する)のを防止する(規範運動を車両1の運動に近づける)ために規範動特性モデルに付加的に入力するフィードバック制御入力である。このフィードバック入力Mvは、本実施形態では、規範動特性モデル上のモデル車両1dに仮想的に作用させる仮想外力である。このフィードバック入力Mvは、規範動特性モデル上のモデル車両1dの重心点CGまわりに作用させるヨー方向の仮想的なモーメントである。以下、「仮想外力ヨーモーメントMv」と称する。
【0069】
(規範動特性モデル)
本実施形態における規範動特性モデルを、図3を参照して簡単に説明する。図3は本実施形態における規範動特性モデル上のモデル車両の説明図である。モデル車両1dは、車両1の動特性を、1つの前輪Wfと1つの後輪Wrとを前後に備えた車両1の水平面上での動特性(動力学特性)によって表現するモデル(いわゆる2輪モデル)である。モデル車両1dの前輪Wfは、実際の車両1の2つの前輪WfL,WfRを一体化した車輪Wに相当し、モデル車両1dの転舵輪である。後輪Wrは、実際の車両1の後輪WrL,WrRを一体化した車輪Wに相当し、本実施形態では非転舵輪である。
このモデル車両1dは、公知のものであり、前記しなかった符号の説明だけし、詳細な説明は省略する。
【0070】
δdが転舵角を示し、規範動特性モデルに入力される規範モデル操作量である。Vf_dはモデル車両1dの前輪Wfの水平面上での進行速度ベクトル、Vr_dはモデル車両1dの後輪Wrの水平面上での進行速度ベクトル、βf_dは前輪Wfの横すべり角(以下、「前輪横滑り角βf_d」と称する)である。βr_dは後輪Wrの横すべり角(以下、「後輪横滑り角βr_d」と称する)である。βf0は、モデル車両1dの前輪Wfの進行速度ベクトルVwf_dがモデル車両1dの前後軸に対してなす角度(以下、車両前輪位置横すべり角βf0)と称する)である。
【0071】
このモデル車両1dの動特性は、具体的には、次式(8)により表される。
なお、この式(8)の右辺の第3項(Mvを含む項)を除いた式は、例えば「自動車の運動と制御」と題する公知の文献(著者:安部正人、発行者:株式会社山海堂、平成15年4月10日第2版第1刷発行。以降、非特許文献1という)に記載されている公知の式(3.12),(3.13)と同等である。
【0072】
【数1】

【0073】
ここで、
m:モデル車両1dの総質量
Kf:モデル車両1dの前輪Wfを2つの左右の前輪WfL,WfR(図1参照)の連
結体とみなしたときの1輪当たりのコーナリングパワー
Kr:モデル車両1dの後輪Wrを2つの左右の後輪WrL,WrR(図1参照)の連
結体とみなしたときの1輪当たりのコーナリングパワー
Lf:モデル車両1dの前輪Wfの中心と重心点CGとの前後方向の距離
Lr:モデル車両1dの後輪Wrの中心と重心点CGとの前後方向の距離
I:モデル車両1dの重心点CGにおけるヨー軸まわりの慣性モーメント
である。
これらのパラメータの値は、あらかじめ設定された値である。この場合、例えば、m,I,Lf,Lrは、車両1におけるそれらの値と同一か、もしくはほぼ同一に設定される。また、Kf,Krは、それぞれ車両1の前輪WfL,WfR,後輪WrL,WrRのタイヤの特性を考慮して設定される。
なお、式(8)においてd(βz_d)/dtは、モデル車両1dの規範車体横滑り角速度β′z_dのことである。
【0074】
ちなみに、本実施形態におけるモデル車両1dの動特性モデルは、特許文献3の段落[0156]〜[0168]等に記載の動特性モデルに対応し、本実施形態における仮想外力ヨーモーメントMvは、特許文献3の「仮想外力Mvir」に対応する。そして、特許文献3の「仮想外力Fvir」については、本実施形態では「0(ゼロ)」として、仮想外力のフィードバックは考えていないケースである。従って、詳細な説明は省略する。
【0075】
《偏差演算部》
次に、図2に戻って偏差演算部55について説明する。
偏差演算部55は、実状態量取得部52から入力された実姿勢状態量である実ヨーレートγact、実車体横滑り角βz_act、実車体横滑り角速度β′z_actと、規範動特性モデル演算部54から入力された規範姿勢状態量である規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_d、規範車体横滑り角速度β′z_dそれぞれの偏差γerr,βerr,β′errを演算してフィードバック目標値演算部56及び仮想外力演算部61に入力する。ここで、偏差γerr,βerrはそれぞれ次式(9),(10A),(10B)により演算する。
γerr=γact−γd ・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
βerr=βz_act−βz_d ・・・・・・・・・・・・・・(10A)
β′err=β′z_act−β′z_d ・・・・ ・・・・・・(10B)
【0076】
《FB目標値演算部》
FB目標値演算部56は、偏差γerr,βerrにもとづいて車両1の重心点回りのヨーモーメント制御を、前輪WfL,WfR、後輪WrL,WrRに対する左右の制動力の配分でブレーキ制御ECU29を介して行う、または、駆動輪である前輪WfL,WfRの左右の駆動力の配分で油圧回路28を介して行う際の規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1を次式(11)で演算し、フィードバック不感帯処理部57に入力する。
Mc_nom1=K1・γerr+K2・βerr+K3・β′err
・・・・・・・・(11)
ここで、K1,K2,K3は、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0077】
《フィードバック不感帯処理部》
フィードバック不感帯処理部57は、図4に示すように、入力される規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1に対して、例えば、±750Nm(ニュートン・メートル)の間の不感帯を設けて、規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2を出力処理する。このように、入力される規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1に対して出力される規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2に不感帯を設けることにより、わずかな偏差γerr,βerrに対して絶えずヨーモーメント制御のフィードバックがなされて、乗員に不快感を与えないような安定したヨーモーメント制御とする。
フィードバック不感帯処理部57から出力された規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2は、加算部58に入力される。
【0078】
《アンチスピン・目標ヨーモーメントFB制御》
次に、図2に戻って後輪実横滑り角補正部65、加算部66、後輪横滑り角不感帯処理部67、アンチスピン目標ヨーモーメントFB部68等によるアンチスピン目標ヨーモーメントFB(フィードバック)制御について説明する。この制御は、オーバステアによる車両1(図1参照)のスピンを抑制するために、車両1の重心点回りのヨーモーメント制御を、前輪WfL,WfR、後輪WrL,WrRに対する左右の制動力の配分でブレーキ制御ECU29を介して行う、または、駆動輪である前輪WfL,WfRの左右の駆動力の配分で油圧回路28を介して行う際のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを、後記する式(12)で演算し、加算部58に入力するものである。
後輪実横滑り角補正部65は、実状態量取得部52の実横滑り角速度演算部52fで演算された実後輪横滑り角速度β′r_actに定数K4を乗じて加算部66に入力する。加算部66では、それと、実状態量取得部52の実後輪横滑り角演算部52eで演算された実後輪横滑り角βr_actを加算して実後輪横滑り角βr_act1として後輪横滑り角不感帯処理部67に入力する。
【0079】
後輪横滑り角不感帯処理部67は、図5に示すように、入力される実後輪横滑り角βr_act1に対して、例えば、±5°の間の不感帯を設けて、実後輪横滑り角βr_act2を出力処理する。このように、入力される実後輪横滑り角βr_act1に対して出力される実後輪横滑り角βr_act2に不感帯を設けることにより、わずかな実後輪横滑り角βr_act1の変化に対してオーバステアによる車両1(図1参照)のスピンを抑制するためのアンチスピン・目標ヨーモーメント制御のフィードバック量が変化して、乗員に不快感を与えないような安定したアンチスピン・目標ヨーモーメント制御の入力とする。
【0080】
後輪横滑り角不感帯処理部67から出力された実後輪横滑り角βr_act2は、アンチスピン目標ヨーモーメントFB部68に入力される。
アンチスピン目標ヨーモーメントFB部68は、次式(12)に従って、アンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを演算し、加算部58にその結果を入力する。
Mc1_asp=K5・βr_act2 ・・・・・・・・・・・(12)
ここで、K5は、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0081】
加算部58では、フィードバック不感帯処理部57から入力された規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2と、アンチスピン目標ヨーモーメントFB部68から入力されたアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを加算して、FB目標ヨーモーメントMc2としてアクチュエータ動作目標値合成部59に入力する。
ここで、前記した加算部66は、実後輪横滑り角速度β′r_actの絶対値が大きいほど、車両1がオーバステア状態であり、オーバステア状態を抑制するために、後輪実横滑り角補正部65において実後輪横滑り角速度β′r_actに定数K4を乗じた結果を実後輪横滑り角βr_actに加算するものである。
【0082】
《アクチュエータ動作目標値合成部》
アクチュエータ動作目標値合成部59には、エンジンECU27からエンジントルク、エンジン回転速度等、トランスミッションT/Mの減速段を示す信号が入力され、また、アクセルペダルポジションセンサ3から信号とブレーキペダルポジションセンサ4からの信号、実状態量取得部52の車速演算部52aからの車速Vact等が入力されている。
そして、アクチュエータ動作目標値合成部59は、前記した加算部58から入力されたFB目標ヨーモーメントMc2を各車輪Wの駆動・制動力に分配するアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aと、アクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算した結果とFF目標値設定部51から入力されたFF目標値を加算して、油圧回路28及びブレーキ制御ECU29に出力する合成出力部59bを有している。
【0083】
アクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aは、例えば、前記した特許文献3の段落[0284]〜[0369]及び図12に記載されている「アクチュエータ動作FB目標値分配処理部222」に、ほぼ対応し、前輪WfLに対して、ブレーキBfLによるFB目標第1輪ブレーキ駆動・制動力を、前輪WfRに対して、ブレーキBfRによるFB目標第2輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrLに対して、ブレーキBrLによるFB目標第3輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrRに対して、ブレーキBrRによるFB目標第4輪ブレーキ駆動・制動力を演算して設定する。
【0084】
合成出力部59bは、例えば、前記した特許文献3の段落[0378]〜[0419]及び図18等に記載されている「アクチュエータ動作目標値合成部24」にほぼ対応する。
具体的には、合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第1輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第1輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第1輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBfLによる目標第1輪ブレーキ駆動・制動力と目標第1輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第2輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第2輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第2輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBfRによる目標第2輪ブレーキ駆動・制動力と目標第2輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第3輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第3輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第3輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBrLによる目標第3輪ブレーキ駆動・制動力と目標第3輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第4輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第4輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第4輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBfLによる目標第4輪ブレーキ駆動・制動力と目標第4輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
【0085】
なお、前記各車輪Wの目標第n(n=1〜4)輪ブレーキ駆動・制動力と目標第n輪スリップ比を演算するに当たって、実状態量取得部52で演算された実前輪横滑り角βf_act、実後輪横滑り角βr_act、路面の摩擦係数μを用いる。
【0086】
また、合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定された目標第1輪駆動系駆動・制動力、FF目標第2輪駆動系駆動・制動力を、油圧回路28に出力するとともに、FF目標値設定部51において設定されたFF目標ミッション減速比を、トランスミッションT/Mをも制御するエンジンECU27に出力する。
【0087】
《仮想外力演算部》
仮想外力演算部61は、偏差γerr,βerrにもとづいてモデル車両1dの重心点CG回りの仮想外力ヨーモーメントMvを次式(13)で演算し、加算部63に入力する。
Mv=K8・(K6・γerr+K7・βerr) ・・・・・・・・(13)
この仮想外力演算部61の機能は、フィードバック・ゲインK8を乗ずることを除き、例えば、前記した特許文献3の図9等に記載の仮想外力仮値決定部201にほぼ対応する。ただし、本実施形態では仮想外力ヨーモーメントMvのみを演算する点で異なる。
ここで、K6,K7は、予め設定されたフィードバック・ゲインである。また、K8は、仮想外力演算制御部62によって設定制御されるフィードバック・ゲインである。その詳細については、図6に示す仮想外力演算制御部62のフローチャートの説明の中で後記する。
【0088】
《アンチスピン仮想ヨーモーメントFB制御》
次に、図2を参照しながらアンチスピン仮想ヨーモーメントFB(フィードバック)制御について説明する。この制御は、オーバステアによるモデル車両1d(図1参照)のスピンを抑制するために、モデル車両1dの重心点CG(図3参照)回りのアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspを、後記する式(14)で演算し、加算部63に入力するものである。
Mv1_asp=K9・βr_act2 ・・・・・・・・・・・(14)
ここで、K9は、予め設定されたフィードバック・ゲインである。ちなみに、フィードバック・ゲインK9は、値がフィードバック・ゲインK5と同じでも良い。
加算部63では、仮想外力ヨーモーメントMvとアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspを加算して、規範動特性モデル演算部54に入力する。
【0089】
《仮想外力演算制御》
次に、図6を参照しながら適宜、図2を参照して仮想外力演算制御部62におけるフィッドバック・ゲインK8の値の制御について説明する。
図6は、仮想外力演算制御部の制御の流れを示すフローチャートである。
仮想外力演算制御部62は、実状態量判定部52gからの実ヨーレートγact、転舵角δの中点学習未了のフラグ信号、停止中フラグ信号、後退走行フラグ信号、低速走行フラグ信号、バンク路フラグ信号、ハンドル急操作フラグ信号、並びに、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33等が故障と判定されたとき故障判定結果のフラグ信号にもとづき、仮想外力演算部61における仮想外力の補正を禁止したり(K8=0)、仮想外力の補正を減少させたり(K8<1)、仮想外力の補正を増大させたり(K8>1)、仮想外力の補正をそのまま出力させたりする(K8=1)。この制御は、所定の周期で繰り返し実行される。
【0090】
ステップS11では、実ヨーレートγact、転舵角δの中点学習が完了の状態か否かを実状態量判定部52gから中点学習未了のフラグ信号を入力されているか否かでチェックする。中点学習未了の場合(No)、つまり、中点学習未了のフラグ信号を実状態量判定部52gから受信している場合は、結合子(A)に従って、図7のステップS12へ進み、仮想外力の補正を禁止する。つまり、仮想外力演算制御部62は、フィードバック・ゲインK8として0(ゼロ)の値を仮想外力演算部61に入力する。その結果、仮想外力演算部61から加算部63には、仮想外力ヨーモーメントMvの値として0(ゼロ)が入力され、次の周期の繰り返し処理に戻る。
なお、前記した転舵角δの中点学習が完了していない状態が、特許請求の範囲に記載の「転舵角が転舵角未推定状態」に対応する。
【0091】
これは、実ヨーレートγact、転舵角δの中点学習が完了していない場合は、実状態量取得部52の実車体横滑り角演算部52cにおける実車体横滑り角βz_actの推定演算結果に誤差を有している可能性があり、それを用いて算出された仮想外力ヨーモーメントMvの誤差も大きくなる可能性がある。その結果、車両1の実姿勢状態量である実ヨーレートγact及び実車体横滑り角βz_actと、モデル車両1d(図3参照)の規範姿勢状態量である規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dとの間の乖離、つまり、偏差演算部55における偏差γerr,βerrが大きくなり、合成出力部59bから油圧回路28、ブレーキ制御ECU29への出力によるヨーモーメント制御が運転者に違和感を与えるおそれがあるのを抑制するためである。
【0092】
ステップS11において、中点学習完了の場合(Yes)、つまり、中点学習未了のフラグ信号を実状態量判定部52gから受信していない場合は、ステップS13へ進み、車両1が後退走行中か否かをチェックする。車両1が後退走行中の場合(Yes)は、つまり、後退走行フラグ信号を実状態量判定部52gから受信している場合は、結合子(A)に従って、図7のステップS12へ進み、そうでない場合(No)は、ステップS14へ進む。
【0093】
後退走行中は、例えば、規範動特性モデル演算部54に用いられているモデル車両1d(図3参照)に対する動特性モデルが前進走行を前提としたものであり、その結果、車両1の実姿勢状態量である実ヨーレートγact及び実車体横滑り角βz_actと、モデル車両1dの規範姿勢状態量である規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dとの間の乖離、つまり、偏差演算部55における偏差γerr,βerrが大きくなり、合成出力部59bから油圧回路28、ブレーキ制御ECU29への出力によるヨーモーメント制御が運転者に違和感を与えるおそれがあるのを抑制するためである。
【0094】
ステップS14では、所定の角度以上のバンク路を走行中か否かをチェックする。このチェックは、具体的には実状態量判定部52gからのバンク路フラグ信号を受信しているか否かでチェックする。所定の角度以上のバンク路を走行中の場合(Yes)は、結合子(A)に従って、図7のステップS12へ進み、そうでない場合(No)は、ステップS15へ進む。
所定の角度以上のバンク路を走行中の場合は、例えば、横方向加速度センサ32の示す横方向加速度Gsに誤差が含まれるようになるので、実状態量取得部52の実車体横滑り角演算部52cにおける実車体横滑り角βz_actの推定演算結果に誤差を有している可能性があり、それを用いて算出された仮想外力ヨーモーメントMvの誤差も大きくなる可能性がある。その結果、車両1の実姿勢状態量である実ヨーレートγact及び実車体横滑り角βz_actと、モデル車両1d(図3参照)の規範姿勢状態量である規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dとの間の乖離、つまり、偏差演算部55における偏差γerr,βerrが大きくなり、合成出力部59bから油圧回路28、ブレーキ制御ECU29への出力によるヨーモーメント制御が運転者に違和感を与えるおそれがあるのを抑制するためである。
【0095】
ステップS15では、車両1が停止中か否かをチェックする。具体的には、実状態量判定部52gからの停止中フラグ信号を受信しているか否かでチェックする。車両1が停止中の場合(Yes)は、結合子(A)に従って、図7のステップS12へ進み、そうでない場合(No)は、ステップS16へ進む。車両1が停止中は、仮想外力の補正を禁止するのは、自明のことである。
【0096】
ステップS16では、車両1が低速走行中か否かをチェックする。具体的には、実状態量判定部52gからの車両1の所定の速度未満の低速走行低速中を示す走行フラグ信号を受信しているか否かでチェックする。車両1が低速走行中の場合(Yes)は、結合子(A)に従って、図7のステップS12へ進み、そうでない場合(No)は、ステップS17へ進む。
これは、車両1が所定の速度未満の低速走行中の場合は、実車体横滑り角演算部52cにおける実車体横滑り角βz_actの演算の精度低下や、規範動特性モデル演算部54における規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dの演算の精度が低下しやすいので、規範動特性モデル演算部54への仮想外力ヨーモーメントMvの補正を禁止するほうが、運転者に操向ハンドル21aの操作状態に応じた車両の旋回運動を生じさせ、運転者に違和感を与えないためである。
【0097】
ステップS17では、推定された路面の摩擦係数μが所定値以下か否かをチェックする。具体的には、実状態量判定部52gからの路面の摩擦係数μが所定値以下を示す低μフラグ信号を受信しているか否かでチェックする。推定された路面の摩擦係数μが所定値以下の場合(Yes)は、結合子(A)に従って、図7のステップS12へ進み、そうでない場合(No)は、結合子(B)に従って、図7のステップS18へ進む。
路面の摩擦係数μが所定値以下の場合は、ステップS12へ進み、仮想外力の補正を禁止するのは、例えば、凍結路面を走行時は、規範動特性モデル演算部54の計算精度が低下することと、車両1の実姿勢状態量である実車体横滑り角βz_actの計算精度が低下し、偏差演算部55における偏差γerr,βerrにもとづく仮想外力の補正が車両1にヨーモーメントの外乱を逆に与えるおそれがあるためである。
【0098】
ステップS18では、実車体横滑り角βz_actの演算に用いるヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33等の故障を検出したか否かをチェックする(図6中、「実車体横滑り角βz_actの演算に用いるセンサ(31,32,33等)の故障を検出?」と表示)。具体的には、実状態量判定部52gからのそれぞれのセンサに対する故障判定結果のフラグ信号を検出している場合が故障を検出した場合(Yes)であり、ステップS19へ進み、そうでない場合(No)は、ステップS20へ進む。
【0099】
ステップS19では、仮想外力の補正を減少させる。具体的には、フィードバック・ゲインK8の値を1より小さい所定の値、例えば、0.5とする。その後、次の周期の繰り返し処理に戻る。
実車体横滑り角βz_actの演算に用いるヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33等の故障を検出した場合に、仮想外力の補正を減少するのは、前記したように代替値算出部52hにより、例えば、ヨーレートセンサ31の故障時の代替値の算出方法、転舵角センサ33の故障時の代替値の算出方法を説明したが、実車体横滑り角βz_actや実ヨーレートγactの代替値の精度が低下するためである。そのためフィードバック・ゲインK8<1の所定値、例えば、0.5として、仮想外力の補正を減少し、モデル車両1dと車両1の実際の運動の乖離を抑制する。
【0100】
ステップS20では、操向ハンドル21aの急操作を検出したか否かをチェックする。ここで操向ハンドル21aの急操作の検出は、例えば、実状態量判定部52gが、車速Vactの値が所定の値以上で、且つ、操作角θの時間微分である操作角速度θ′の絶対値が所定値以上であることを検出して判定した場合である。具体的には、実状態量判定部52gからのハンドル急操作フラグ信号を受信している状態か否かで操向ハンドル21aの急操作を検出したか否かのチェックができる。
操向ハンドル21aの急操作を検出した場合(Yes)は、ステップS22へ進み、そうでない場合(No)は、ステップS21へ進む。
ステップS21では、仮想外力の補正をそのまま出力する。具体的には、フィードバック・ゲインK8=1として、仮想外力演算部61に入力する。その後、次の周期の繰り返し処理に戻る。
【0101】
ステップS22では、仮想外力の補正を増大する。所定の速度以上での走行中に操向ハンドル21aの急操作がある場合は、運転者の意図する車両運動に入るように、フィードバック・ゲインK8を、1を超える値、例えば、1.5として、仮想外力演算部61に入力する。
その結果、モデル車両1dの動特性モデル上の機敏な動きに応じた規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dが規範動特性モデル演算部54から偏差演算部55が出力される。そして、実ヨーレートγact、実車体横滑り角βz_actと前記の規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dとのそれぞれの偏差γerr、βerrが大きくなり、FB目標ヨーモーメントMc_nom2を通じて、切れの良い(応答性の良い)車両運動を実現できる。その後、次の周期の繰り返し処理に戻る。
【0102】
本実施形態におけるフローチャートのステップS16は、特許請求の範囲に記載の「低速走行判定手段」を構成し、ステップS17は、特許請求の範囲に記載の「低路面摩擦係数判定手段」を構成する。
【0103】
以上のように、本実施形態によれば、セレクトレバーの選択操作位置、操向ハンドル21aの操作、ブレーキペダルの操作、アクセルペダルの操作等の車両1の操作状態量や、ヨーレート31、横方向加速度センサ32等の運動状態量を検知するセンサからの信号が異常な場合や、センサからの信号にもとづいて車両1の実姿勢状態量である実車体横滑り角βz_act等を推定する実状態量取得部52が異常な結果を演算すると予想される場合に、仮想外力演算制御部62が、仮想外力演算部61からの仮想外力の補正を禁止したり、仮想外力を減少させたりするように制御する。その結果、車両1の実姿勢状態量(例えば、実車体横滑り角βz_act、実ヨーレートγact)と車両1の規範姿勢状態量(例えば、規範車体横滑り角βz_d、規範ヨーレートγd)との乖離による過大な車両1の運動制御を制御することができ、運転者に違和感を与えることを防止できる。
【0104】
また、セレクトレバーの選択操作位置、アクセルペダルの操作、ブレーキペダルの操作操向ハンドル21aの操作等の車両1の操作状態量を検知するセンサ2,3,4,33(21c)や、車輪速、ヨーレート、横方向加速度等の運動状態量を検知するセンサ30(30fL,30fR,30rL,30rR),31,32等からの信号に異常がない場合、運転者の所定の速度以上での走行中に操向ハンドル21aの急操作を検出すると、仮想外力演算制御部運転者の意図する車両運動に入るように、仮想外力演算制御部62は仮想外力の補正を増大させる。
その結果、切れの良い(応答性の良い)車両運動を実現できる。
【0105】
本実施形態では、ステアバイワイヤ方式の前輪操舵装置としながら、コントロールユニット37では、転舵角δをアクティブ制御するものではなかったが、特許文献3に記載のようにステアリングモータ25aを特許請求の範囲に記載の「アクチュエータ」とし、FF目標値設定部51で操作角θにもとづき転舵角δの目標値を設定し、アクチュエータ動作目標値合成部59において転舵角δの目標値をさらに補正して、ステアリングモータ25aを制御するようにしても良い。
【0106】
なお、本実施形態のように車両1はステアバイワイヤ方式の前輪操舵装置であることはなく、ラックアンドピニオン式の前輪転舵装置にモータによる補助力を加える型式の電動パワーステアリング装置の車両にも適用できる。
ちなみに、ステアバイワイヤ方式の前輪操舵装置でない場合は、操作角検出センサ21cで検出する走行ハンドル21aの操作量と転舵角δとは、一意に決まることから、転舵角δを操作角検出センサ21cからの信号にもとづいて決定することができる。
【符号の説明】
【0107】
1 車両
1d モデル車両
2 セレクトレバーポジションセンサ(操作状態検知手段)
3 アクセルペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)
4 ブレーキペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)
12 タイヤ特性設定手段
21a 操向ハンドル
21c 操作角検出センサ(操作状態検知手段)
25 転舵部
25a ステアリングモータ
27 エンジンECU
28 油圧回路
29 ブレーキ制御ECU
30,30fL,30fR,30rL,30rR 車輪速センサ
31 ヨーレートセンサ(運動状態検知手段)
32 横方向加速度センサ(運動状態検知手段)
33 転舵角センサ(操作状態検知手段)
37 コントロールユニット(車両の運動制御装置)
40 転舵角制御装置
51 FF目標値設定部
52 実状態量取得部(運動状態検知手段、実姿勢状態決定手段)
52a 車速演算部(運動状態検知手段)
52b 摩擦係数推定演算部(運動状態検知手段)
52c 実車体横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)
52d 実前輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)
52e 実後輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)
52f 実横滑り角速度演算部(実姿勢状態決定手段)
52g 実状態量判定部(仮想外力演算制御手段、検知異常判定手段)
52h 代替値算出部(実姿勢状態決定手段、代替値演算手段)
52i タイヤ特性設定部(実姿勢状態決定手段)
52k バンク角推定演算部(傾斜判定手段)
53 規範操作量決定部
53a 前回状態量保持部
54 規範動特性モデル演算部(規範姿勢状態量演算手段)
55 偏差演算部(姿勢状態量偏差演算手段)
56 FB目標値演算部
57 フィードバック不感帯処理部
58、66 加算部
59 アクチュエータ動作目標値合成部(アクチュエータ制御手段)
59a アクチュエータ動作FB目標値分配処理部
59b 合成出力部
61 仮想外力演算部(仮想外力演算手段)
62 仮想外力演算制御部(仮想外力演算制御手段)
65 後輪実横滑り角補正部
67 後輪横滑り角不感帯処理部
68 アンチスピン目標ヨーモーメントFB部
69 アンチスピン仮想ヨーモーメントFB部
AL 左ドライブシャフト
AR 右ドライブシャフト
BfL,BfR,BrL,BrR ブレーキ(アクチュエータ)
CL 左油圧クラッチ(アクチュエータ)
CR 右油圧クラッチ(アクチュエータ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の車両の操作状態量を検知する操作状態検知手段と、
車両の運動状態量を検知する運動状態検知手段と、
前記車両の操作状態量及び前記車両の運動状態量に対応した車両の規範姿勢状態量を、所定の外力が作用する状態における車両の運動モデルにもとづき演算する規範姿勢状態量演算手段と、
前記操作状態検知手段からの検知信号及び前記運動状態検知手段からの検知信号にもとづき、車両の実姿勢状態量を決定する実姿勢状態決定手段と、
前記車両の規範姿勢状態量と前記車両の実姿勢状態量との偏差を演算する姿勢状態量偏差演算手段と、
前記姿勢状態量偏差演算手段で演算された前記偏差にもとづき前記外力を補正して前記規範姿勢状態量演算手段にフィードバックする仮想外力演算手段と、
前記姿勢状態量偏差演算手段で演算された前記偏差にもとづき車両運動を発生させるアクチュエータの駆動量を決定するアクチュエータ制御手段と、
前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、前記仮想外力演算手段における前記外力の補正を制御する仮想外力演算制御手段と、を備えたことを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項2】
前記仮想外力演算制御手段は、
前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする請求項1に記載の車両の運動制御装置。
【請求項3】
前記仮想外力演算制御手段は、
前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を増大するように制御することを特徴とする請求項1に記載の車両の運動制御装置。
【請求項4】
前記仮想外力演算制御手段は、
前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段の検知状態にもとづいて、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を減少するように制御することを特徴とする請求項1に記載の車両の運動制御装置。
【請求項5】
前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段の異常を判定する検知異常判定手段をさらに備え、
前記実姿勢状態決定手段は、所定の代替値を用いて前記実姿勢状態量を演算する代替値演算手段をさらに有し、
前記検知異常判定手段が、前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段の異常を検知した場合は、
前記仮想外力演算制御手段が、前記仮想外力演算手段における前記外力の補正を制御するとともに、
前記代替値演算手段が、前記所定の代替値を用いて前記実姿勢状態量を演算することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置。
【請求項6】
前記仮想外力演算制御手段は、
前記操作状態検知手段にもとづいて検知される転舵角が転舵角未推定状態の場合に、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置。
【請求項7】
前記仮想外力演算制御手段は、
前記操作状態検知手段または前記運動状態検知手段にもとづいて車両の後退状態の場合に、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置。
【請求項8】
前記運動状態検知手段は、車両の横方向の路面の傾斜を判定する傾斜判定手段を有し、
前記仮想外力演算制御手段は、
前記傾斜判定手段が所定以上の前記路面の傾斜角を検出した場合に、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置。
【請求項9】
車速が所定以下であることを判定する低速走行判定手段を有し、
前記仮想外力演算制御手段は、前記低速走行判定手段が、車速が所定以下であることを検出した場合に、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置。
【請求項10】
路面摩擦係数が所定以下であることを判定する低路面摩擦係数判定手段を有し、
前記仮想外力演算制御手段は、前記低路面摩擦係数判定手段が、路面摩擦係数が所定以下であることを検出した場合に、前記仮想外力演算手段において前記外力の補正を禁止するように制御することを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−183904(P2011−183904A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−49724(P2010−49724)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】