説明

電気自動車の車輪スリップ制御装置

【課題】電気自動車の減速走行時における駆動輪のロック傾向及びロック回復傾向を的確に判定して、駆動輪のロックを防止するようにした車輪スリップ制御装置を提供する。
【解決手段】車両ECU(24)は、駆動輪(16,18)の車輪回転速度(Vw)の変化率である車輪速度変化率(ΔVw)と、駆動輪(16,18)のスリップ率(Sw)とに基づき、駆動輪が(16,18)ロックする傾向にあると判定すると、電動機(6)をモータ作動させて電動機の(6)駆動トルクを駆動輪(16,18)に付与する一方、車輪速度変化率(ΔVw)とスリップ率(Sw)とに基づき、駆動輪(16,18)のロック傾向が解消しつつあると判定すると、電動機(6)を発電機作動させて電動機(6)の回生制動トルクを駆動輪(16,18)に付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行用の動力源として電動機を搭載した電気自動車において、駆動輪がロック傾向にあるときの路面に対する駆動輪のスリップを制御する車輪スリップ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動機を走行用の動力源として搭載した電気自動車や、電動機及びエンジンを走行用の動力源として搭載したハイブリッド電気自動車が従来から知られている。以下では、少なくとも電動機を走行用の動力源として用いる車両を総称して電気自動車という。
電気自動車では、加速走行などで駆動力を必要とする場合に、モータ作動させた電動機の駆動トルクが使用され、減速走行などで制動力を必要とする場合には電動機を発電機作動させることにより、回生制動トルクを駆動輪に付与しつつ、車両の運動エネルギを電気エネルギとして回収するようにしている。
【0003】
エンジンのみを走行用の動力源とする自動車(以下では非電気自動車という)がサービスブレーキ機構を用いずに減速走行する場合、エンジンブレーキによる制動力で車両を減速させることができる。電気自動車においても、上述のように電動機を発電機作動させて回生制動トルクを駆動輪に付与することにより、このような非電気自動車と同様の減速を行うことが可能である。このとき、運動エネルギを電気エネルギとしてできるだけ多く回収できるようにするため、電動機が発生する回生制動トルクは、非電気自動車においてエンジンブレーキによって生じる減速度よりも幾分大きめの減速度が生じるように設定されているのが一般的である。
【0004】
このため、路面摩擦係数が比較的低い道路などを走行しているときには、サービスブレーキ機構を用いて減速する場合だけではなく、サービスブレーキ機構を使用せずに減速している場合においても、電気自動車では非電気自動車に比べて駆動輪がロックしやすい傾向にある。減速走行時に駆動輪がロックしてしまうと、駆動輪が路面上をスリップして車両の走行安定性が損なわれるという問題がある。
【0005】
このような問題を解消するため、車輪がロック傾向にあるときに電動機を制御して車輪のロックを防止するようにした制御装置が特許文献1により提案されている。特許文献1の制御装置は、サービスブレーキ機構を用いた減速走行の際に、駆動輪がロック傾向にあってABS装置が作動すると、電動機が発生する回生制動トルクを減少方向に補正し、或いは駆動トルクに切り換えることにより駆動輪のロックを防止する。このときの回生制動トルクの補正量は、基準となる推定車体速度と駆動輪の車輪回転速度との偏差dV、及び基準となる推定車体加速度と駆動輪の車輪回転加速度との偏差dGをそれぞれ重み付けして加算することにより設定されるようになっている。こうして求められる回生制動トルクの補正量は、駆動輪がロック傾向にあるときに負の値となり、駆動輪の回転速度が回復して制動力が不足となる場合には正の値となることが特許文献1に述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−270387号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の制御装置では、駆動輪のロック傾向の状況を判定して回生制動トルクを設定するものではなく、駆動輪の車輪回転速度及び駆動輪加速度のそれぞれの基準値からの偏差を用い、単に上述の演算によって求めた補正量で回生制動トルクを補正しているだけである。このため、必ずしも実際の駆動輪のロック傾向の状況を的確に判定しているとはいえず、駆動輪のロック傾向の状況に適切に対応して電動機から回生制動トルクを発生させたり駆動トルクを発生させたりすることができない。この結果、特許文献1の制御装置では駆動輪のロックを迅速且つ的確に抑制することができない場合がある。
このように駆動輪のロックを迅速且つ的確に抑制できない場合には、ロックした駆動輪が走行路面上をスリップし、減速走行時の電気自動車の走行安定性が損なわれるおそれがある。
【0008】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、電気自動車の減速走行時における駆動輪のロック傾向及びロック回復傾向を的確に判定して、駆動輪のロックを防止するようにした車輪スリップ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の電気自動車の車輪スリップ制御装置は、走行用の動力源として電気自動車に搭載され、モータ作動する場合には駆動トルクを駆動輪に伝達可能である一方、発電機作動する場合には上記駆動輪に回生制動トルクを伝達可能な電動機と、上記駆動輪の車輪回転速度を検出する車輪速度検出手段と、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定すると、上記電動機をモータ作動させて上記電動機の駆動トルクを上記駆動輪に付与する一方、上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定すると、上記電動機を発電機作動させて上記電動機の回生制動トルクを上記駆動輪に付与する制御手段とを備え、上記制御手段は、上記車輪速度検出手段によって検出された上記車輪回転速度の変化率である車輪速度変化率と、上記車輪速度検出手段によって検出された上記車輪回転速度を用いて求めた上記駆動輪のスリップ率とに基づき、上記駆動輪がロックする傾向にあるか否かの判定、及び上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあるか否かの判定を行うことを特徴とする(請求項1)。
【0010】
このように構成された電気自動車の車輪スリップ制御装置によれば、駆動輪の車輪速度変化率及びスリップ率に基づいて駆動輪がロックする傾向にあると判定すると、制御手段が電動機をモータ作動させて電動機の駆動トルクを駆動輪に付与する。こうして駆動輪に駆動力を付与することにより、路面に対する駆動輪のスリップが抑制され、駆動輪のロックが回避される。
一方、駆動輪の車輪速度変化率及びスリップ率に基づいて駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定すると、制御手段が電動機を発電機作動させて電動機の回生制動トルクを駆動輪に付与する。こうして駆動輪に回生制動力を付与することにより、駆動輪が制動されて電気自動車が減速される。
【0011】
また、上記電気自動車の車輪スリップ制御装置において、上記制御手段は、上記車輪速度変化率が負の値であると共に、上記スリップ率が所定の第1基準スリップ率より大きいときに、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定する一方、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定した後、上記車輪速度変化率が正の値となると共に、上記スリップ率が上記第1基準スリップ率より大きい所定の第2基準スリップより小さいときに、上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定することを特徴とする(請求項2)。
【0012】
このように構成された電気自動車の車輪スリップ制御装置によれば、駆動輪の車輪速度変化率が負の値となると共に、駆動輪のスリップ率が第1基準スリップ率より大きくなると、駆動輪がロックする傾向にあると判定し、制御手段が電動機をモータ作動させて電動機の駆動トルクを駆動輪に付与する。
【0013】
駆動輪に電動機の駆動トルクが付与されることにより、駆動輪の車輪速度変化率は当初は負の値であるものの、絶対値が減少する方向に変化していく。駆動輪の車輪速度変化率が負の値である間は、駆動輪の車輪速度が引き続き減少方向にあり、駆動輪に駆動トルクを付与した当初は駆動輪のスリップ率が引き続き増大していくが、駆動輪への駆動トルクの付与が継続することにより駆動輪の車輪速度変化率が正の値となり、駆動輪のスリップ率が減少方向に転じる。
【0014】
そして、駆動輪の車輪速度変化率が正の値となると共に、スリップ率が第1基準スリップ率より大きい所定の第2基準スリップより小さい場合には、駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定し、制御手段が電動機を発電機作動させて電動機の回生制動トルクを駆動輪に付与する。こうして駆動輪に回生制動力を付与することにより、駆動輪が制動されて電気自動車が減速される。
【0015】
また、上記電気自動車の車輪スリップ制御装置において、上記制御手段は、上記車輪速度変化率が負の値を有する所定の第1基準変化率より小さい値であると共に、上記スリップ率が第1基準スリップ率より大きいときに、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定する一方、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定した後に、上記車輪速度変化率が正の値を有する所定の第2基準変化率より大きい値である共に、上記スリップ率が上記第1基準スリップ率より大きい第2基準スリップより小さいときに、上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定することを特徴とする(請求項3)。
【0016】
このように構成された電気自動車の車輪スリップ制御装置によれば、駆動輪の車輪速度変化率が負の値を有した第1基準変化率より小さい値となると共に、駆動輪のスリップ率が第1基準スリップ率より大きくなると、駆動輪がロックする傾向にあると判定し、制御手段が電動機をモータ作動させて電動機の駆動トルクを駆動輪に付与する。
【0017】
駆動輪に電動機の駆動トルクが付与されることにより、駆動輪の車輪速度変化率は当初は負の値であるものの、絶対値が減少する方向に変化していく。駆動輪の車輪速度変化率が負の値である間は、駆動輪の車輪速度が引き続き減少方向にあり、駆動輪に駆動トルクを付与した当初は駆動輪のスリップ率が引き続き増大していくが、駆動輪への駆動トルクの付与が継続することにより駆動輪の車輪速度変化率が正の値となり、駆動輪のスリップ率が減少方向に転じる。
【0018】
そして、駆動輪の車輪速度変化率が正の値を有した第2基準変化率より大きい値となると共に、スリップ率が第1基準スリップ率より大きい所定の第2基準スリップより小さくなると、駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定し、制御手段が電動機を発電機作動させて電動機の回生制動トルクを駆動輪に付与する。こうして駆動輪に回生制動力を付与することにより、駆動輪が制動されて電気自動車が減速される。
【0019】
また、上記電気自動車の車輪スリップ制御装置において、上記電気自動車は、上記電動機に加えてエンジンを走行用の動力源として搭載したハイブリッド電気自動車であってもよい(請求項4)。
【発明の効果】
【0020】
本発明の電気自動車の車輪スリップ制御装置によれば、駆動輪の車輪速度変化率及びスリップ率に基づいて駆動輪がロックする傾向にあることを判定するようにしているので、駆動輪の車輪回転速度の一時的変化や、スリップ率の一時的変化のみで駆動輪がロックする傾向にあると誤って判定してしまうような事態を回避し、駆動輪がロックする傾向にあることを的確に判定することができる。
【0021】
そして、駆動輪がロックする傾向にあると判定した場合には、モータ作動する電動機の駆動トルクが駆動輪に付与されるので、駆動輪のロック傾向を迅速に解消することが可能となる。従って、電気自動車の減速走行時に、駆動輪がロックすることによって生じる駆動輪のスリップを迅速且つ的確に防止して、電気自動車の走行安定性を確保することができる。
また、サービスブレーキ機構を用いて電気自動車を減速している場合に限らず、補助ブレーキや電動機の回生制動トルクを用いて電気自動車を減速走行させている場合にも、駆動輪がロックする傾向にあるときには、これを的確に判定して駆動輪のロック傾向を解消することができる。
【0022】
同様に、本発明の電気自動車の車輪スリップ制御装置では、駆動輪の車輪速度変化率及びスリップ率に基づいて駆動輪のロック傾向が解消しつつあることを判定するようにしているので、駆動輪の車輪回転速度の一時的変化や、スリップ率の一時的変化のみで駆動輪のロック傾向が解消しつつあると誤って判定してしまうような事態を回避し、駆動輪のロック傾向が解消しつつあることを的確に判定することができる。
【0023】
そして、駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定した場合には、発電機作動する電動機の回生制動トルクを駆動輪に付与するようにしているので、エンジンのみを動力源とした車両のエンジンブレーキによる減速と同じような減速を、駆動輪にロックを生じることなく得ることが可能となる。
また、サービスブレーキ機構を用いて電気自動車を減速している場合に限らず、補助ブレーキや電動機の回生制動トルクを用いて電気自動車を減速走行させている場合にも、駆動輪のロック傾向が解消しつつあるときには、これを的確に判定して電気自動車を良好に減速させることができる。
【0024】
従って、電気自動車の減速走行時に、運動エネルギを電気エネルギとしてできるだけ多く回収できるようにするために、エンジンのみを動力源とした車両のエンジンブレーキによる減速度よりも幾分大きめの減速度が生じるように電動機の回生制動トルクを設定した場合であっても、駆動輪のロックを的確に防止しながら、可能な限り多くの運動エネルギを電気エネルギとして回収することが可能となる。
また、サービスブレーキ機構を用いて電気自動車を減速する場合には、上述のようにして駆動輪のロックが的確に防止されながら、電動機の回生制動力によって電気自動車の減速が行われるので、電気自動車の走行安定性を確保しつつ制動距離を短縮することが可能となる。
【0025】
また、駆動輪の回転速度は、電気自動車が走行する路面の凹凸などによって変動しているため、駆動輪の車輪速度変化率が負の値となるだけでは、必ずしも駆動輪がロックする傾向にあるとは限らない。そして、駆動輪のスリップ率が所定の基準値より大きいだけでは、必ずしも駆動輪がロックする傾向にあるとは限らず、その状態から駆動輪のスリップが収束する場合もあり得る。
そこで、請求項2の電気自動車の車輪スリップ制御装置のように、駆動輪の車輪速度変化率が負の値となると共に、駆動輪のスリップ率が第1基準スリップ率より大きくなったときに駆動輪がロックする傾向にあると判定することで、駆動輪がロックする傾向にあることを的確に判定することができる。
【0026】
一方、同じ理由により、駆動輪の車輪速度変化率が正の値となるだけでは、必ずしも駆動輪のロック傾向が解消しつつあるとは限らない。そして、駆動輪のスリップ率が所定の基準値より小さいだけでは、必ずしも駆動輪のロック傾向が解消しつつあるとは限らず、その状態から駆動輪のスリップが拡大する場合もあり得る。
そこで、請求項2の電気自動車の車輪スリップ制御装置のように、駆動輪の車輪速度変化率が正の値となると共に、駆動輪のスリップ率が第1基準スリップ率より大きい所定の第2基準スリップ率より小さくなったときに駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定することで、駆動輪のロック傾向が解消しつつあることを的確に判定することができる。
【0027】
駆動輪の車輪速度変化率については単に正負を判定するのではなく、請求項3の電気自動車の車輪スリップ制御装置のように、負の値を有した第1基準変化率及び正の値を有した第2基準変化率を用いるようにした場合には、駆動輪がロックする傾向にあること及びロック傾向を解消しつつあることを、より一層厳しく判定することができる。
即ち、駆動輪のスリップ率が第1基準スリップ率より大きいのに加え、駆動輪の車輪速度変化率が負の値となるだけではなく、負の値を有した第1基準変化率を下回ってから駆動輪がロック傾向にあると判定するので、駆動輪がロック傾向にあることが一層確実に判定されることになる。同様に、駆動輪のスリップ率が第2基準スリップ率より小さいのに加え、駆動輪の車輪速度変化率が正の値となるだけではなく、正の値を有した第2基準変化率となるまで駆動輪のロック傾向が解消しつつあるとは判定しないので、駆動輪のロック傾向が解消しつつあることが一層確実に判定されることになる。
【0028】
請求項4の電気自動車の車輪スリップ制御装置のように、電気自動車がハイブリッド電気自動車である場合にも、上述した効果と同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一実施形態に係る車輪スリップ制御装置が適用されたハイブリッド電気自動車の全体構成図である。
【図2】図1のハイブリッド電気自動車において、車両ECUが実行する車輪スリップ制御のフローチャートである。
【図3】図2のフローチャートに従って車両ECUが実行する車輪スリップ制御の状況の一例を、駆動輪の車輪回転速度及び車輪速度変化率の時間的変化と共に示すグラフである。
【図4】車輪スリップ制御の変形例を示すフローチャートである。
【図5】図4のフローチャートに従って行われる車輪スリップ制御の状況の一例を、駆動輪の車輪回転速度及び車輪速度変化率の時間的変化と共に示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面に基づき本発明の一実施形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る車輪スリップ制御装置が適用されたハイブリッド電気自動車1の全体構成図である。
ディーゼルエンジンであるエンジン2の出力軸にはクラッチ4の入力軸が連結され、クラッチ4の出力軸は永久磁石式同期電動機(以下電動機という)6の回転軸を介して自動変速機(以下変速機という)8の入力軸が連結されている。また、変速機8の出力軸は、プロペラシャフト10、差動装置12及び駆動軸14を介して左の駆動輪16及び右の駆動輪18にそれぞれ連結されている。
【0031】
従って、クラッチ4が接続されているときには、エンジン2の出力軸と電動機6の回転軸の両方が、変速機8を介して左右の駆動輪16,18と機械的に連結可能となり、クラッチ4が切断されているときには電動機6の回転軸のみが変速機8を介して左右の駆動輪16,18と機械的に連結可能となる。
【0032】
電動機6は、バッテリ20に蓄えられた直流電力がインバータ22によって交流電力に変換されて供給されることによりモータとして作動する。電動機6の駆動トルクは、変速機8によって適切な速度に変速された後に左右の駆動輪16,18に伝達される。また、ハイブリッド電気自動車1の減速時には、電動機6が発電機として作動し、ハイブリッド電気自動車1の運動エネルギが変速機8を介し電動機6に伝達されて交流電力に変換される。そして、このとき電動機6が発生する回生制動トルクが変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。
このように電動機8が発電機として作動することによって得られた交流電力は、インバータ22によって直流電力に変換された後、バッテリ20に充電され、ハイブリッド電気自動車1の運動エネルギが電気エネルギとして回収されるようになっている。
【0033】
一方、エンジン2の駆動トルクは、クラッチ4が接続されているときに電動機6の回転軸を経由して変速機8に伝達され、適切な速度に変速された後に左右の駆動輪16,18に伝達されるようになっている。従って、エンジン2の駆動トルクが左右の駆動輪16,18に伝達されているときに電動機6がモータとして作動する場合には、エンジン2の駆動トルクと電動機6の駆動トルクとがそれぞれ変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達されることになる。即ち、クラッチ4が接続されているときには、ハイブリッド電気自動車1の駆動のために左右の駆動輪16,18に伝達されるべき駆動トルクの一部がエンジン2から供給されると共に、残部が電動機6から供給される。
【0034】
また、バッテリ20の充電率(以下SOCという)が低下してバッテリ20を充電する必要があるときには、電動機6が発電機として作動すると共に、エンジン2の駆動力の一部を用いて電動機6を駆動することにより発電が行われる。こうして発電された交流電力は、インバータ22によって直流電力に変換された後に、バッテリ20に充電される。
【0035】
車両ECU24(制御手段)は、ハイブリッド電気自動車1やエンジン2の運転状態、及びエンジンECU26、インバータECU28並びにバッテリECU30からの情報などに応じて、クラッチ4の接続・切断制御及び変速機8の変速段切換制御を行うと共に、これらの制御状態やハイブリッド電気自動車1の発進、加速、減速など様々な運転状態に合わせてエンジン2や電動機6を適切に運転するための統合制御を行う。
そして、このような制御を行うために、車両ECU24にはアクセルペダル32の踏込量を検出するアクセル開度センサ34のほか、電動機6の出力軸に装着されて電動機6の回転数を検出する電動機回転数センサ36、及びエンジン2の回転数を検出するエンジン回転数センサ38などが接続されている。
【0036】
エンジンECU26は、エンジン2の始動・停止制御やアイドル制御、或いは排ガス浄化装置(図示せず)の再生制御など、エンジン2自体の運転に必要な各種制御を行うと共に、車両ECU24によって設定されたエンジン2に必要とされるトルクをエンジン2が発生するよう、エンジン2の燃料の噴射量や噴射時期などを制御する。
【0037】
一方、インバータECU28は、車両ECU24によって設定された電動機6が発生すべきトルクに基づきインバータ22を制御することにより、電動機6をモータ作動または発電機作動させて電動機6の運転を制御する。また、電動機6やインバータ22の温度を検出する温度センサ(図示せず)からの出力信号を受けて、電動機6の温度を車両ECU24に送るほか、電動機6やインバータ22の作動状態を監視して、その情報を車両ECU24に送っている。
【0038】
バッテリECU30は、バッテリ20の温度や、バッテリ20の電圧、インバータ22とバッテリ20との間に流れる電流などを検出すると共に、これらの検出結果からバッテリ20のSOCを求めると共に、バッテリ20の作動状態を監視している。そして、求めたSOCやバッテリ20の作動状態を上記検出結果と共に車両ECU24に送っている。
このように構成されたハイブリッド電気自動車1において、ハイブリッド電気自動車1を走行させる際に車両ECU24を中心として行われる制御の概要は以下の通りである。
【0039】
まず、ハイブリッド電気自動車1が停車しエンジン2が運転している状態で、運転者がチェンジレバー(図示せず)をニュートラル位置からドライブ位置に操作すると、車両ECU24はクラッチ4を切断すると共に、ニュートラル状態にある変速機8を変速マップに従って発進開始時の変速段が選択された状態に切り換える。そして、運転者がアクセルペダル32を踏み込むと、車両ECU24はアクセル開度センサ34によって検出されたアクセルペダル32の踏込量に応じ、ハイブリッド電気自動車1を発進させるために左右の駆動輪16,18に伝達すべき駆動トルクを求め、この駆動トルクと変速機8で使用中の変速段とに基づき電動機6の出力トルクを設定する。
【0040】
インバータECU28は、車両ECU24が設定した電動機6の出力トルクに応じてインバータ22を制御し、バッテリ20の直流電力がインバータ22によって交流電力に変換されて電動機6に供給される。電動機6は交流電力が供給されることによってモータ作動して駆動力を発生し、電動機6の駆動力は変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達され、ハイブリッド電気自動車1が発進する。
【0041】
ハイブリッド電気自動車1が発進加速して電動機6の回転数がエンジン2のアイドル回転数の近傍まで上昇すると、クラッチ4を接続してエンジン2の駆動力を左右の駆動輪16,18に伝達することが可能となり、車両ECU24は更なるハイブリッド電気自動車1の加速及びその後の走行のために、左右の駆動輪16,18に伝達すべき駆動トルクを求める。そして、この駆動トルクを変速機8で使用中の変速段やハイブリッド電気自動車1の運転状態等に応じてエンジン2の出力トルクと電動機6の出力トルクとに適切に振り分け、エンジンECU26やインバータECU28に指示すると共に、必要に応じて変速機8やクラッチ4を制御する。
【0042】
エンジンECU26及びインバータECU28は、車両ECU24が設定した出力トルクの指令を受けてエンジン2及び電動機6をそれぞれ制御し、クラッチ4が接続されているときにはエンジン2及び電動機6の出力トルクが変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される一方、クラッチ4が切断されているときには電動機6が発生した出力トルクが変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達され、ハイブリッド電気自動車1が走行する。
また、このとき車両ECU24は、ハイブリッド電気自動車1の運転状態に応じ、変速機8の変速段を適宜切換制御すると共に、変速段の切り換えに合わせてエンジン2や電動機6のトルクを適切に制御するよう、エンジンECU26及びインバータECU28に対して指示すると共にクラッチ4の接続及び切断を制御している。
【0043】
一方、ハイブリッド電気自動車1が走行しているときにアクセルペダル32の踏み込みが解除されると、車両ECU24はクラッチ4を切断すると共にインバータECU28に指令を送り、電動機6を発電機として作動させる。このとき車両ECU24は、変速機8で選択されている変速段と、電動機回転数センサ36が検出した電動機6の回転数とに応じて予め設定されている回生制動トルクをインバータECU28に指示する。これを受けたインバータECU28は、指示された回生制動トルクを発生するように電動機6を制御し、電動機6が発生した回生制動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。このとき電動機6が発電した電力は、インバータ22を介してバッテリ20に充電される。このようにして電動機6が発電機として作動することにより、ハイブリッド電気自動車1の運動エネルギが電気エネルギとして回収される。
【0044】
ハイブリッド電気自動車1が減速走行する際にクラッチ4が接続されていると、エンジン2が発生するエンジンブレーキトルクと、上述したように発電機として作動する電動機6の回生制動トルクとが変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達されることになる。しかしながら本実施形態では、ハイブリッド電気自動車1の運動エネルギをできるだけ多く電気エネルギとして回収するため、ハイブリッド電気自動車1が減速走行する際には、上述のようにクラッチ4を切断し、電動機6の回生制動トルクのみが左右の駆動輪16,18に伝達されるようにしている。但し、バッテリ20の過充電防止などのため、クラッチ4を接続してエンジンブレーキを併用する場合や、エンジンブレーキのみを用いる場合もある。
【0045】
なお、上述のようにクラッチ4を切断し、電動機6の回生制動トルクのみを左右の駆動輪16,18に伝達するようにしている場合、エンジンのみを動力源とした車両においてエンジンブレーキによって得られる減速度より幾分大きめの減速度が得られるように、電動機6の回生制動トルクが設定されている。これにより、上述した減速走行時のクラッチ4の切断と併せ、減速走行時におけるハイブリッド電気自動車1の運動エネルギを電気エネルギとしてできるだけ多く回収するようにしている。
【0046】
ところで、ハイブリッド電気自動車1には、図示しないサービスブレーキ機構を用いてハイブリッド電気自動車1を減速させる際に、左右の駆動輪16,18や図示しない左右の従動輪いずれかがロックする傾向にあると、サービスブレーキ機構による制動力を調整して駆動輪16,18や従動輪のロックを防止するABS装置(図示せず)搭載されている。このABS装置は、ABSECU40によって制御され、以下ではABSECU40によるABS装置の制御をABS制御と称する。
【0047】
ABSECU40には、このABS制御を実行するために必要な情報を得るため、左の駆動輪16の車輪回転速度を検出する車輪速度センサ(車輪速度検出手段)42、右の駆動輪18の車輪回転速度を検出する車輪速度センサ(車輪速度検出手段)44、左の従動輪(図示せず)の車輪回転速度を検出する車輪速度センサ46、及び右の従動輪(図示せず)の車輪回転速度を検出する車輪速度センサ48がそれぞれ接続されている。また、ABSECU40は車両ECU24との間で、両者がそれぞれ実行する制御に必要な情報の交換を行っている。
【0048】
ABSECU40が実行するABS制御自体は従来より広く知られているものと同様であるので、ここではその制御内容の詳細についての説明を省略する。上述したように、ABSECU40は左右の駆動輪16,18及び左右の従動輪のいずれかがロックする傾向にあるとABS制御を実行するが、ABS制御を実行中であるか否かの情報を車両ECU24に送っている。また、本実施形態のABSECU40は、サービスブレーキ機構を用いた減速の場合に限らず、左右の駆動輪16,18及び左右の従動輪のいずれかがロックする傾向にあればABS制御を実行するようになっている。但し、サービスブレーキ機構を用いた減速ではない場合、ABS制御でサービスブレーキ機構による制動力を調整することはできない。
【0049】
左右の駆動輪16,18及び左右の従動輪のいずれかがロックする傾向にあるか否かを判定するため、ABSECU40は4つの車輪速度センサ42,44,46,48がそれぞれ検出した各車輪の回転速度を用い、従来から知られている方法によりハイブリッド電気自動車1の推定車体速度を算出している。そして、ABSECU40は算出した推定車体速度を、車輪速度センサ42,44によって検出された左右の駆動輪16,18の車輪回転速度と共に車両ECU24に送っている。
【0050】
前述したように、ハイブリッド電気自動車1が減速走行を行う場合、車両ECU24は電動機6を発電機として作動させ、電動機6が発生した回生制動トルクを左右の駆動輪16,18に伝達するようにしている。走行路面の摩擦係数が低い場合などには、電動機6から伝達された回生制動トルクによって左右の駆動輪16,18のいずれかがロックする可能性がある。これは、サービスブレーキ機構や排気ブレーキなどの補助ブレーキ機構(図示せず)を用いてハイブリッド電気自動車1を減速させる場合に限らず、サービスブレーキ機構や補助ブレーキ機構を用いずに、回生制動トルクのみでハイブリッド電気自動車1を減速させる場合にも発生する可能性がある。
【0051】
左右の駆動輪16,18のいずれかがロックする傾向がある場合には、上述したようにABSECU40によってABS制御が行われるが、サービスブレーキ機構を用いずに、回生制動トルクでハイブリッド電気自動車1を減速させる場合には、サービスブレーキ機構による制動力を調整することができない。このような場合にも駆動輪16,18のロックを適正に防止するため、本実施形態では以下に詳述するような、車両ECU24による車輪スリップ制御が行われる。なお、車両ECU24による車輪スリップ制御は、サービスブレーキ機構及び補助ブレーキの少なくとも一方を用いてハイブリッド電気自動車1を減速させる場合にも実行され、この場合にはABS制御と併せて駆動輪16,18のロックを防止するようにしている。
【0052】
以下では、車両ECU24によって行われる車輪スリップ制御について詳述する。図2は、本実施形態における車輪スリップ制御のフローチャートであり、車両ECU24は、このフローチャートに従って所定の制御周期で車輪スリップ制御を実行する。
なお、以下では、左の駆動輪16に関する車輪スリップ制御の例を説明するが、右の駆動輪18に関しても同様にして車輪スリップ制御が行われる。
【0053】
車両ECU24による車輪スリップ制御は、ハイブリッド電気自動車1の図示しないキースイッチが投入されると図2のフローチャートに従って開始される。まずステップS1において車両ECU24は、ABSECU40によるABS制御が行われているか否かを判定する。上述したように、ABS制御は左右の駆動輪16,18及び左右の従動輪のいずれかがロックする傾向にあるときに実行されるものであり、ABS制御が実行されていない場合、車両ECU24は処理をステップS2に進める。
【0054】
ステップS2において車両ECU24は、フラグF1の値を0とする。フラグF1は、一旦開始されたABS制御が終了するまでの間に、車輪スリップ制御において左右の駆動輪16,18のいずれかがロック傾向にあると判定したか否かを示すものであって、ロック傾向にあると判定したことがある場合に値が1とされる。ステップS2では、まだABS制御が開始されていない状態にあるのでフラグF1の値を0とし、車両ECU24は処理をステップS3に進める。
【0055】
ステップS3に処理を進めた場合、ABS制御も行われておらず、車輪スリップ制御において駆動輪16,18のロックを防止するための処理を行う必要がない。このため、ステップS3において車両ECU24は、他の制御を優先するべく、車輪スリップ制御として電動機6を制御するためのインバータECU28に対する指示をせず、その制御周期を終了する。従って、ABSECU40によるABS制御が開始されない限り、ステップS1乃至S3の処理が繰り返され、車輪スリップ制御による電動機6の制御は行われない。
【0056】
ハイブリッド電気自動車1の減速走行時に、左右の駆動輪16,18のいずれか、例えば左の駆動輪16がロックする傾向にあってABSECU40によるABS制御が開始されると、車両ECU24は処理をステップS1からステップS4に進め、車輪速度センサ42によって検出されてABSECU40から送られてきた駆動輪16の車輪回転速度Vwから、その変化率である車輪速度変化率ΔVwを演算する。また、ステップS4で車両ECU24は、ABSECU40で演算された推定車体速度Voと駆動輪16の車輪回転速度Vwとを用い、下記式(1)により駆動輪16の路面に対するスリップ率Swを演算する。
Sw=(Vo−Vw)/Vo ・・・ (1)
【0057】
次に、車両ECU24は処理をステップS5に進め、フラグF2の値が1であるか否かを判定する。フラグF2は、車輪スリップ制御において、後述する処理により電動機6がモータとして作動している場合に値が1とされ、電動機6が発電機として作動している場合に値が0とされるようになっている。フラグF2の初期値は0となっているので、車両ECU24はステップS5の判定によりステップS6に処理を進める。
【0058】
ステップS6において車両ECU24は、ステップS4で求めた駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満であるか否かを判定する。本実施形態では、この第1基準変化率ΔVaの値を0(m/s)としており、ステップS6の判定は、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが負の値を有しているか否かを判定していることになる。
【0059】
図3は、車輪スリップ制御の状況の一例を、駆動輪16の車輪回転速度Vw及び車輪回転速度変化率ΔVwの時間的変化と共に示すグラフである。なお、図3中のVoは推定車体速度である。図3に示すように、ハイブリッド電気自動車1の減速走行に伴い、推定車体速度Voが徐々に減少すると共に、駆動輪16の車輪回転速度Vwは駆動輪16の路面に対するスリップによって推定車体速度Voよりも早く減少していく。そして、時間t1においてABSECU40によるABS制御が開始されたとすると、この時点ではまだ車輪スリップ制御による電動機6の制御は行われていおらず、前述したようにハイブリッド電気自動車1の減速走行時における電動機6の回生制動力が駆動輪16に作用している状態にある。
【0060】
図3に示すように、ABS制御が開始された時点で既に駆動輪16の車輪速度変化率は負の値となっているので、車両ECU24はステップS6の判定によりステップS7に処理を進める。
ステップS7において車両ECU24は、ステップS4で求めた駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいか否かを判定する。図3中の一点鎖線は、推定車体速度Voに対して駆動輪16のスリップ率を第1基準スリップ率S1とした場合の駆動輪16の車輪回転速度V1を示している。ABS制御が開始された当初、駆動輪16の車輪回転速度Vwは車輪回転速度V1より大きいので、駆動輪16のスリップ率Swは第1基準スリップ率S1より小さいことになる。このような場合、車両ECU24はステップS7の判定によりステップS10に処理を進める。
【0061】
ステップS10において車両ECU24は、フラグF1の値が1であるか否かを判定する。フラグF1は、前述したようにステップS2において値が0とされてから値が変更されていないので、車両ECU24はステップS10の判定によりステップS15に処理を進める。
【0062】
ステップS15において車両ECU24は、回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6を発電機として作動させると共に、出力トルクが目標出力トルクTm、即ち回生制動トルクTbとなるように電動機6を制御する。こうして電動機6が出力した回生制動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。
【0063】
なお、本実施形態の場合、このときに設定される回生制動トルクTbの大きさは、ハイブリッド電気自動車1を減速走行させる場合に電動機6が発生する回生制動トルクと同様にして定められており、変速機8において選択されている変速段と、電動機回転数センサ36によって検出された電動機6の回転数とに応じて、ハイブリッド電気自動車1に適正な減速度が得られる大きさに設定されるようになっている。
【0064】
こうして車両ECU24は、ステップS15で電動機6の目標出力トルクTmを定めると、その制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS1から処理を開始する。そして、ABSECU40によるABS制御が継続している限り、車両ECU24は処理をステップS4に進め、再び駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算する。従って、ABS制御が行われている間は、制御周期毎にステップS4で駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとが最新の値に更新されることになる。
【0065】
更に、車両ECU24はステップS4からステップS5に処理を進め、これまでの一連の処理ではフラグF2の値が変更されていないので、ステップS5の判定により更にステップS6に処理を進める。従って、ABSECU40によるABS制御が開始された後、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa以上となる、即ち負の値ではなくなるか、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きくならない限り、上述したようにステップS15において回生制動トルクTbが電動機6の目標出力トルクTmとして設定され、発電機として作動する電動機6から出力された回生制動トルクが左右の駆動輪16,18に付与されることになる。
【0066】
駆動輪16に回生制動トルクが引き続き付与されて路面に対する駆動輪16のスリップが増大した場合、駆動輪16の車輪回転速度Vwが更に減少して推定車体速度Voとの偏差が一層拡大する。そして、図3中の時間t2において車輪回転速度V1を下回ると、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を下回ったことになる。このような状態で処理がステップS7に進むと、車両ECU24はステップS7の判定によって処理をステップS8に進める。ステップS8において車両ECU24はフラグF1及びF2の値を共に1とし、更に処理をステップS9に進める。
【0067】
ステップS9において車両ECU24は、駆動トルクTdを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6をモータとして作動させると共に、出力トルクが目標出力トルクTm、即ち駆動トルクTdとなるように電動機6を制御する。こうして電動機6が出力した駆動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。従って、増大する傾向にあった駆動輪16の路面に対するスリップが、電動機6から付与される駆動トルクにより抑制されることになる。
【0068】
このように、車両ECU24は、ステップS6及びS7の判定により、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回る場合には、路面に対するスリップが増大しつつあり、駆動輪16がロックする傾向にあると判定し、電動機6をモータとして作動させ、駆動輪16に駆動トルクを付与する。
【0069】
車輪速度センサ42によって検出される駆動輪16の車輪回転速度Vwは、路面の凹凸などによって変動しているため、車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有しているだけでは、必ずしも駆動輪16がロックする傾向にあるとは限らない。また、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいだけでは、必ずしも駆動輪16がロックする傾向にあるとは限らず、その状態から駆動輪16のスリップが収束する場合もあり得る。
そこで、上述したように、単に車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有するだけではなく、更にスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回るときに駆動輪16がロックする傾向にあると判定することにより、駆動輪16がロックする傾向にあることを的確に判定できるようにしている。
【0070】
なお、駆動輪16がロックする傾向にあると判定したときに設定される駆動トルクTdは、駆動輪16の路面に対するスリップを抑制して駆動輪16のロックを防止する上で適正な大きさとなるよう、予め実験などにより定められており、変速機8において選択されている変速段と、電動機回転数センサ36によって検出された電動機6の回転数とに応じて設定されるようになっている。
【0071】
こうしてステップS9で駆動トルクTdを電動機6の目標出力トルクTmとして設定すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS1から処理を開始する。
ABSECU40によるABS制御が引き続き行われていれば、車両ECU24は再び処理をステップS1からステップS4に進め、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算した後、ステップS5に処理を進める。
【0072】
このときフラグF2の値は、上述したようにステップS8で1に変更されているので、車両ECU24はステップS5の判定により処理をステップS12に進める。
ステップS12で車両ECU24は、ステップS4で求めた駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVbを上回ったか否かの判定を行う。本実施形態では、この第2基準変化率Vbの値も第1基準変化率Vaの値と同じく0(m/s)としており、ステップS12の判定は、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが正の値を有しているか否かを判定していることになる。
【0073】
図3に示すように、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、時間t2を過ぎて車輪回転速度V1を下回った後、上述の電動機6からの駆動トルクの付与によって減少の度合いが緩やかになるが、車輪速度変化率ΔVwは依然として負の値を有している。このため、車両ECU24はステップS12の判定により処理をステップS9に進める。
【0074】
上述したように、ステップS9で車両ECU24は電動機6をモータとして作動させ、電動機6が出力した駆動トルクが駆動輪16に付与される。従って、路面に対する駆動輪16のスリップは収束していくことになり、負の値を有する車輪速度変化率ΔVwの絶対値は徐々に減少していく。車輪速度変化率ΔVwが負の値を有している間は、上述したように処理がステップS9に進むので、ステップS9の処理によりモータとして作動する電動機6の駆動トルクが駆動輪16に付与される。この結果、図3に示すように、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは時間t3で0(m/s)となる。
【0075】
そして、図3中の時間t3を過ぎて駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが正の値を有するようになると、車両ECU24はステップS12の判定によりステップS13に処理を進めるようになる。
ステップS13において車両ECU24は、ステップS4で求めた駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回ったか否かの判定を行う。本実施形態において第2基準スリップ率S2は、ステップS7で判定に用いる第1基準スリップ率S1より大きい値となっている。
【0076】
駆動輪16の車輪回転速度Vwは、電動機6からの駆動トルクの付与によって路面に対するスリップが抑制されていくのに伴い上述のように増加に転じるが、駆動トルクの付与によって直ちに増加に転じるわけではない。即ち、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、図3の時間t2の後に駆動トルクの付与を開始してから、時間遅れをもって時間t3で増加に転じる。本実施形態では、このような駆動トルクの付与と車輪回転速度Vwの変化との関係を予め実験等により把握し、車輪回転速度Vwが減少から増加に転じるときの駆動輪16のスリップ率より幾分小さい値を第2基準スリップ率S2として用いている。
【0077】
図3中の二点鎖線は、推定車体速度Voに対して駆動輪16のスリップ率を第2基準スリップ率S2とした場合の駆動輪16の車輪回転速度V2を示している。第2基準スリップ率S2が上述のように設定されているため、図3に示すように、時間t3を過ぎて駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが正の値を有するようになった当初は、車輪回転速度Vwが車輪回転速度V2より小さく、駆動輪16のスリップ率Swは第2基準スリップ率S2より大きいことになる。このため、車両ECU24がステップS12の判定によりステップS13に処理を進めると、車両ECU24はステップS13の判定によって更にステップS16に処理を進める。
【0078】
ステップS16において車両ECU24は、電動機6の目標出力トルクTmを0(kg・m)に設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6の出力トルクが目標出力トルクTm、即ち0(kg・m)となるように電動機6を制御する。従って、電動機6は駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となる。このとき既に、駆動輪16の車輪回転速度Vwは路面に対するスリップの収束に伴って増大方向に転じており、駆動輪16のロックは抑制される方向にある。
【0079】
こうしてステップS16で電動機6の目標出力トルクTmを設定すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS1から処理を開始する。
ABSECU40によるABS制御が引き続き行われていれば、車両ECU24は再び処理をステップS1からステップS4に進め、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算した後、ステップS5に処理を進める。
【0080】
フラグF2の値は1のままであるので、車両ECU24はステップS5の判定により処理をステップS12に進める。このとき、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、上述したように路面に対するスリップの収束に伴って増大方向に転じており、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは正の値を有して第2基準変化率ΔVbより大きいので、車両ECU24はステップS12の判定により処理をステップS13に進めることになる。
従って、駆動輪16のスリップ率Swが減少して第2基準スリップ率S2を下回るまでは、ステップS16の処理により、電動機6の出力トルクが0(kg・m)となり、電動機6は駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となる。
【0081】
上述したように、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、路面に対するスリップの収束に伴って増大方向に転じているので、電動機6が駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となった後も増大を継続し、図3の時間t4で第2基準スリップ率S2に対応した車輪回転速度V2に達する。
従って、図3中の時間t3と時間t4との間の期間では駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2以上であり、車両ECU24はステップS13の判定によりステップS16に処理を進める。従って、上述したように、この期間では電動機6が駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となる。
【0082】
路面に対するスリップの収束に伴い、駆動輪16の車輪回転速度Vwが増大して第2基準車輪速度V2を上回ると、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回ることになるので、図3の時間t4を過ぎると、車両ECU24はステップS13の判定により処理をステップS14に進めるようになる。
【0083】
ステップS14で車両ECU24は、フラグF2の値を0とした後、ステップS15に処理を進める。前述したように、車両ECU24はステップS15において、回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6を発電機として作動させると共に、出力トルクが目標出力トルクTm、即ち回生制動トルクTbとなるように電動機6を制御する。こうして電動機6が出力した回生制動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。
【0084】
このように、車両ECU24は、ステップS12及びS13の判定により、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVaを上回る、即ち正の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回る場合には、路面に対するスリップが収束しつつあり、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定し、電動機6を再び発電機として作動させ、駆動輪16に回生制動トルクを付与する。
【0085】
前述した駆動輪16がロックする傾向にあると判定する場合と同様に、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVaを上回る、即ち正の値を有するだけでは、必ずしも駆動輪16のロック傾向が解消しつつあるとは限らない。また、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回るだけでは、必ずしも駆動輪16のロック傾向が解消しつつあるとは限らず、その状態から駆動輪16のスリップが拡大する場合もあり得る。
そこで、上述したように、単に車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVaより大きい、即ち正の値を有するだけではなく、更にスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回るときに駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定することにより、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあることを的確に判定できるようにしている。
【0086】
ステップS15で回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS1から処理を開始する。
ABSECU40によるABS制御が引き続き行われていれば、車両ECU24は再び処理をステップS1からステップS4に進め、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算した後、ステップS5に処理を進める。
【0087】
このときフラグF2の値は、上述したようにステップS14で再び0に変更されているので、車両ECU24はステップS5の判定により処理をステップS6に進める。ステップS6において車両ECU24は、ステップS4で求めた駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満となったか否か、即ち負の値となったか否かの判定を行う。
図3に示すように、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、時間t4を過ぎて車輪回転速度V2を上回った後、上述の電動機6からの回生制動トルクの付与によって増大の度合いが緩やかになるが、車輪速度変化率ΔVwは依然として正の値を有している。このため、車両ECU24はステップS6の判定により処理をステップS15に進める。
【0088】
上述したように、ステップS15において車両ECU24は電動機6を発電機として作動させ、電動機6が出力した回生制動トルクが駆動輪16に付与される。従って、駆動輪16は制動力を受け、正の値を有する車輪速度変化率ΔVwは徐々に減少していく。車輪速度変化率ΔVwが正の値を有している間は、上述したように処理がステップS15に進むので、ステップS15の処理により発電機として作動する電動機6の回生制動トルクが駆動輪16に付与される。この結果、図3に示すように、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは時間t5で0(m/s)となり、車輪速度変化率ΔVwは減少に転じる。
【0089】
そして、図3中の時間t5を過ぎて駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが負の値を有するようになると、車両ECU24はステップS6の判定によりステップS7に処理を進めるようになる。
ステップS7において車両ECU24は、ステップS4で求めた駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回ったか否かの判定を行う。図3の例では、時間t5において駆動輪16の車輪回転速度Vwが減少に転じる前に車輪回転速度V1以上となり、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1以下に減少している。従って時間t5の後は、ステップS7の判定によって車両ECU24が処理をステップS10に進めることになる。
【0090】
ステップS10において車両ECU24は、フラグF1の値が1であるか否かの判定を行うが、フラグF1の値は既にステップS8の処理で1とされているので、車両ECU24はステップS10の判定により処理をステップS11に進める。
ステップS11では、前述したステップS16と同様の処理が行われる。即ち、車両ECU24は、電動機6の目標出力トルクTmを0(kg・m)に設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6の出力トルクが目標出力トルクTm、即ち0(kg・m)となるように電動機6を制御する。従って、電動機6は駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となる。
【0091】
こうしてステップS16で電動機6の目標出力トルクTmを設定すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS1から処理を開始する。
ABSECU40によるABS制御が引き続き行われていれば、車両ECU24は再び処理をステップS1からステップS4に進め、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算した後、ステップS5に処理を進める。
【0092】
フラグF2の値は0のままであるので、車両ECU24はステップS5の判定により処理をステップS6に進める。駆動輪16の車輪回転速度Vwは、図3中の時間t5まで付与されていた回生制動トルクにより時間t5において減少方向に転じるので、時間t5の後に電動機6の出力トルクが0(kg・m)となってもしばらくは減少を継続し、車輪速度変化率ΔVwは負の値を有して第1基準変化率ΔVaより小さい。このため、車両ECU24はステップS6の判定により処理をステップS7に進めることになる。
従って、駆動輪16のスリップ率Swが増大して第1基準スリップ率S1を上回るまでは、ステップS7からステップS10を介して進んだステップS11の処理により、電動機6の出力トルクが0(kg・m)となり、電動機6は駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となる。
【0093】
上述したように、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、減少方向に転じているので、電動機6が駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となった後も減少を継続し、図3の時間t6で第1基準スリップ率S1に対応した車輪回転速度V1に達する。
従って、図3中の時間t5と時間t6との間の期間では駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1以下であり、車両ECU24はステップS7及びステップS10の判定によりステップS11に処理を進める。このため、上述したように、この期間では電動機6が駆動輪6に対して何らトルクを付与しない状態となる。
【0094】
図3の時間t6において駆動輪16の車輪回転速度Vwが車輪回転速度V1に達した後も低下を継続すると、車両ECU24は、ステップS6及びS7の判定により、処理をステップS8に進めてフラグF1及びF2の値を1とした後、更に処理をステップS9に進める。即ち車両ECU24は、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準速度変化率ΔVaより小さい、即ち負の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいことをもって駆動輪16がロックする傾向にあると判定し、ステップS9にて駆動トルクTdを電動機6の目標出力トルクTmとして設定する。これにより、前述したように電動機6が出力する駆動トルクが駆動輪16に付与され、駆動輪16のロックが防止される。
【0095】
この後の処理はこれまでに述べたとおりであって、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとに基づき、駆動輪16がロックする傾向にあると判定した場合には、車両ECU24が電動機6をモータとして作動させ、電動機6が出力する駆動トルクが駆動輪16に付与されて駆動輪16のロックが防止される。一方、駆動輪16がロックする傾向にあると判定した後、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとに基づき、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定した場合には、車両ECU24が電動機6を発電機として作動させ、電動機6が出力する回生制動トルクが駆動輪16に付与されて駆動輪16が適正に制動される。
【0096】
そして、ハイブリッド電気自動車1が停車するなどしてABSECU40によるABS制御が終了すると、車両ECU24はステップS1の判定により処理をステップS2に進め、フラグF1の値を0にリセットした後、ステップS3に処理を進める。ステップS3において車両ECU24は、前述したように他の制御を優先するべく、車輪スリップ制御として電動機6を制御するためのインバータECU28に対する指示をせず、その制御周期を終了する。従って、電動機6は他の制御により車両ECU24が設定する目標出力トルクに従い、インバータECU28によって制御されることになる。
【0097】
以上のようにして車輪スリップ制御が行われることにより、サービスブレーキ機構を用いてハイブリッド電気自動車1を減速する場合に限らず、図示しない排気ブレーキなどの補助ブレーキ機構で減速する場合や、電動機6の回生制動力のみ、或いはエンジン2のエンジンブレーキと電動機6の回生制動力とを組み合わせて減速する場合においても、駆動輪16のロックを良好に防止することが可能となる。
【0098】
特に、サービスブレーキ機構を用いずにハイブリッド電気自動車1を減速する場合においては、ABSECU40によるABS制御が行われても、サービスブレーキ機構の制動力を調整することができない。このため、上述した車輪スリップ制御は、このような場合においても駆動輪16のロックを良好に防止することができるという点で極めて有用である。
【0099】
以上のような車輪スリップ制御を行うことにより、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVw及びスリップ率Swに基づいて駆動輪16がロックする傾向にあることを判定するので、駆動輪16の車輪回転速度Vwの一時的変化や、スリップ率Swの一時的変化のみで駆動輪16がロックする傾向にあると誤って判定してしまうような事態を回避し、駆動輪16がロックする傾向にあることを的確に判定することができる。
【0100】
そして、駆動輪16がロックする傾向にあると判定した場合には、モータ作動する電動機6の駆動トルクが駆動輪16に付与されるので、駆動輪16のロック傾向を迅速に解消することが可能となる。従って、ハイブリッド電気自動車1の減速走行時に、駆動輪16がロックすることによる駆動輪16のスリップを迅速且つ的確に防止して、ハイブリッド電気自動車1の走行安定性を確保することができる。
【0101】
また、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVw及びスリップ率Swに基づいて駆動輪16のロック傾向が解消しつつあることを判定するので、駆動輪16の車輪回転速度Vwの一時的変化や、スリップ率Swの一時的変化のみで駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると誤って判定してしまうような事態を回避し、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあることを的確に判定することができる。
【0102】
そして、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定した場合には、発電機作動する電動機6の回生制動トルクを駆動輪16に付与するようにしているので、エンジンのみを動力源とした車両のエンジンブレーキによる減速と同じような減速を、駆動輪16にロックを生じることなく得ることが可能となる。
【0103】
このような車輪スリップ制御は、サービスブレーキ機構を用いて電気自動車を減速している場合に限らず、排気ブレーキ等の補助ブレーキ機構や電動機の回生制動トルクを用いて電気自動車を減速走行させている場合にも実行されるので、駆動輪16がロックする傾向にあるときに、これを的確に判定して駆動輪16のロックを防止し、駆動輪のロック傾向が解消しつつあるときには、これを的確に判定してハイブリッド電気自動車1の走行安定性を確保しながら適切に減速させ、制動距離を短縮することができる。
【0104】
従って、本実施形態のように、ハイブリッド電気自動車1の減速走行時に、運動エネルギを電気エネルギとしてできるだけ多く回収できるようにするために、エンジンのみを動力源とした車両のエンジンブレーキによる減速度よりも幾分大きめの減速度が生じるように電動機6の回生制動トルクを設定している場合であっても、駆動輪16のロックを的確に防止しながら、比較的多くの運動エネルギを電気エネルギとして回収することが可能となる。
【0105】
本実施形態において車両ECU24が実行する車輪スリップ制御について、左の駆動輪16がロック傾向となる場合を例に説明したが、右の駆動輪18がロック傾向にある場合にも全く同様の車輪スリップ制御が車両ECU24によって実行され、同様の効果を得ることができる。
【0106】
上述した実施形態では、ABS制御を実行中において、駆動輪16がロックする傾向にあると判定した場合に、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回っている間に限り、発電機6をモータとして作動させ、電動機6の駆動トルクを駆動輪16に付与した。また、このようにして駆動輪16に駆動トルクを付与することにより、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定した場合に、車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVaより大きい、即ち正の値を有すると共に、スリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回っている間に限り、発電機6を発電機として作動させ、電動機6の回生制動トルクを駆動輪16に付与した。そして、このような駆動トルクの付与を行う期間と、回生制動トルクの付与を行う期間との間の期間では、電動機6の出力トルクを0(kg・m)とした。
【0107】
しかしながら、ABS制御を実行中において、駆動輪16がロックする傾向にあると一旦判定した後には、駆動輪16に駆動トルクの付与と回生制動トルクの付与とを交互に必ず行うようにしても良い。このようにして駆動輪16にトルクの付与を行うようにした車輪スリップ制御を、上記実施形態の変形例として以下に説明する。なお、この変形例の車輪スリップ制御が適用される車両は、上記実施形態と同様に構成されるハイブリッド電気自動車1であり、車輪スリップ制御の内容のみが上記実施形態と相違している。
【0108】
図4は、本変形例における車輪スリップ制御のフローチャートであり、車両ECU24は、このフローチャートに従って所定の制御周期で車輪スリップ制御を実行する。
なお、前述した実施形態と同様に、以下では左の駆動輪16に関する車輪スリップ制御の例を説明するが、右の駆動輪18に関しても同様にして車輪スリップ制御が行われる。
【0109】
車両ECU24による車輪スリップ制御は、ハイブリッド電気自動車1の図示しないキースイッチが投入されると図4のフローチャートに従って開始される。まずステップS101において車両ECU24は、ABSECU40によるABS制御が行われているか否かを判定する。前述の実施形態と同様に、ABS制御は左右の駆動輪16,18及び左右の従動輪のいずれかがロックする傾向にあるときに実行されるものであり、ABS制御が実行されていない場合、車両ECU24は処理をステップS102に進める。
【0110】
ステップS102において車両ECU24はフラグF3の値を0とする。フラグF3は前述の実施形態におけるフラグF2と同様のものであって、車輪スリップ制御において、後述する処理により電動機6がモータとして作動している場合に値が1とされ、電動機6が発電機として作動している場合に値が0とされるようになっている。ステップS102でフラグF3の値を0とした後、車両ECU24は処理をステップS103に進める。
【0111】
ステップS103に処理を進めた場合にはABS制御も行われておらず、車輪スリップ制御において駆動輪16,18のロックを防止するための処理を行う必要がない。このため、ステップS103において車両ECU24は、他の制御を優先するべく、車輪スリップ制御として電動機6を制御するためのインバータECU28に対する指示をせず、その制御周期を終了する。従って、ABSECU40によるABS制御が開始されない限り、ステップS101乃至S103の処理が繰り返され、車輪スリップ制御による電動機6の制御は行われない。
【0112】
ハイブリッド電気自動車1の減速走行時に、左右の駆動輪16,18のいずれか、例えば左の駆動輪16がロックする傾向にあってABSECU40によるABS制御が開始されると、車両ECU24は処理をステップS101からステップS104に進め、前述の実施形態と同様にして、駆動輪16の車輪回転速度Vwの変化率である車輪速度変化率ΔVwと、駆動輪16の路面に対するスリップ率Swとを演算する。
【0113】
次に、車両ECU24は処理をステップS105に進め、フラグF3の値が1であるか否かを判定する。フラグF3は0のままであるので、車両ECU24はステップS105の判定によりステップS106に処理を進める。
ステップS106において車両ECU24は、ステップS104で求めた駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満であり、且つステップS104で求めた駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいか否かを判定する。本変形例でも前述の実施形態と同様に、第1基準変化率ΔVaの値を0(m/s)としており、ステップS106の判定は、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが負の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいか否かを判定していることになる。
【0114】
図5は、図4のフローチャートに従って行われる車輪スリップ制御の状況の一例を、駆動輪16の車輪回転速度Vw及び車輪回転速度変化率ΔVwの時間的変化と共に示すグラフである。なお、図5中のVoは推定車体速度である。図5に示すように、ハイブリッド電気自動車1の減速走行に伴い、推定車体速度Voが徐々に減少すると共に、駆動輪16の車輪回転速度Vwは駆動輪16の路面に対するスリップによって推定車体速度Voよりも早く減少していく。そして、時間t11においてABSECU40によるABS制御が開始されたとすると、この時点ではまだ車輪スリップ制御による電動機6の制御は行われていおらず、前述したようにハイブリッド電気自動車1の減速走行時における電動機6の回生制動力が駆動輪16に作用している状態にある。
【0115】
図5中の一点鎖線は、推定車体速度Voに対して駆動輪16のスリップ率を第1基準スリップ率S1とした場合の駆動輪16の車輪回転速度V1を示している。図5に示すように、ABS制御が開始された時点で既に駆動輪16の車輪速度変化率は負の値となっているが、ABS制御が開始された当初、駆動輪16の車輪回転速度Vwは車輪回転速度V1より大きいので、車両ECU24はステップS106の判定によりステップS111に処理を進める。
【0116】
ステップS111において車両ECU24は、回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6を発電機として作動させると共に、出力トルクが目標出力トルクTm、即ち回生制動トルクTbとなるように電動機6を制御する。こうして電動機6が出力した回生制動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。
【0117】
なお、本変形例でも前述の実施形態と同様に、このときに設定される回生制動トルクTbの大きさは、ハイブリッド電気自動車1を減速走行させる場合に電動機6が発生する回生制動トルクと同様にして定められており、変速機8において選択されている変速段と、電動機回転数センサ36によって検出された電動機6の回転数とに応じて、ハイブリッド電気自動車1に適正な減速度が得られる大きさに設定されるようになっている。
【0118】
こうして車両ECU24は、ステップS111において電動機6の目標出力トルクTmを定めると、その制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS101から処理を開始する。そして、ABSECU40によるABS制御が継続している限り、車両ECU24は処理をステップS104に進め、再び駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算する。従って、ABS制御が行われている間は、制御周期毎にステップS104で駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとが最新の値に更新されることになる。
【0119】
更に、車両ECU24はステップS104からステップS105に処理を進め、フラグF3の値を判定する。これまでの処理ではフラグF3の値が変更されていないので、車両ECU24はステップS105の判定により更にステップS106に処理を進める。従って、ABSECU40によるABS制御が開始された後、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満、即ち負の値であり、且つ駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きくならない限り、上述したようにステップS111において回生制動トルクTbが電動機6の目標出力トルクTmとして設定され、電動機6から出力された回生制動トルクが駆動輪16に付与されることになる。
【0120】
駆動輪16に回生制動トルクが引き続き付与されて路面に対する駆動輪16のスリップが増大した場合、駆動輪16の車輪回転速度Vwが更に減少して推定車体速度Voとの偏差が一層拡大する。そして、図5中の時間t12を過ぎたときに車輪回転速度V1を下回ると、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を下回ったことになる。このとき、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは第1基準変化率ΔVa未満、即ち負の値であるので、処理がステップS106に進むと、車両ECU24はステップS106の判定によって処理をステップS107に進める。ステップS107において車両ECU24はフラグF3の値を共に1とし、更に処理をステップS108に進める。
【0121】
ステップS108において車両ECU24は、駆動トルクTdを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTdを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6をモータとして作動させると共に、出力トルクが目標出力トルクTm、即ち駆動トルクTdとなるように電動機6を制御する。こうして電動機6が出力した駆動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。従って、増大する傾向にあった駆動輪16の路面に対するスリップが、電動機6から付与される駆動トルクにより抑制されることになる。
【0122】
こうして車両ECU24は、ステップS106の判定により、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回る場合には、路面に対するスリップが増大しつつあり、駆動輪16がロックする傾向にあると判定し、電動機6をモータとして作動させ、駆動輪16に駆動トルクを付与する。
【0123】
このように、単に車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有するだけではなく、更にスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回るときに駆動輪16がロックする傾向にあると判定するのは、前述の実施形態と同様の理由によるものである。
【0124】
即ち、車輪速度センサ42によって検出される駆動輪16の車輪回転速度Vwは、路面の凹凸などによって変動しているため、車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満である、即ち負の値を有しているだけでは、必ずしも駆動輪16がロックする傾向にあるとは限らない。また、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいだけでは、必ずしも駆動輪16がロックする傾向にあるとは限らず、その状態から駆動輪16のスリップが収束する場合もあり得るからである。
従って、本変形例においても、このように車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとの両方に基づき、駆動輪16がロックする傾向にあることを的確に判定することができる。
【0125】
なお、駆動輪16がロックする傾向にあると判定したときに設定される駆動トルクTdは、前述の実施形態と同様に、駆動輪16の路面に対するスリップを抑制して駆動輪16のロックを防止する上で適正な大きさとなるよう、予め実験などにより定められており、変速機8において選択されている変速段と、電動機回転数センサ36によって検出された電動機6の回転数とに応じて設定されるようになっている。
【0126】
こうしてステップS108において電動機6の目標出力トルクTmを設定すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS101から処理を開始する。
ABSECU40によるABS制御が引き続き行われていれば、車両ECU24は再び処理をステップS101からステップS104に進め、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算した後、ステップS105に処理を進める。
【0127】
このときフラグF3の値は、上述したようにステップS107で1に変更されているので、車両ECU24はステップS105の判定により処理をステップS109に進める。ステップS109において車両ECU24は、ステップS104で求めた駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVbを上回り、且つステップS104で求めた駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回ったか否かの判定を行う。本変形例においても前述の実施形態と同様に、この第2基準変化率Vbの値を0(m/s)としており、ステップS109の判定は、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが正の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回っているか否かを判定していることになる。
【0128】
上述したようにしてステップS106の判定により処理をステップS107からステップS108に進めて電動機6の駆動トルクを駆動輪16に付与した後も、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwはしばらくの間、第1基準変化率ΔVaを下回った状態、即ち負の値を有した状態が続く。つまり、図5の時間t12を過ぎてステップS108の処理による駆動輪16への駆動トルクの付与が行われるが、駆動トルクの付与によって直ちに駆動輪16の車輪回転速度Vwが増大に転じるわけではなく、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは依然として負の値を有している。このため、車両ECU24はステップS109の判定により処理をステップS108に進める。
【0129】
ステップS108において車両ECU24は、上述のように駆動トルクTdを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTmを指示する。従って、電動機6の駆動トルクが引き続き駆動輪16に付与されることになる。こうして駆動輪16に対して駆動トルクが引き続き付与されることにより駆動輪16の路面に対するスリップが抑制されていく。駆動輪16スリップが抑制されるのに伴い、図5に示すように、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、時間t12を過ぎて車輪回転速度V1を下回った後、徐々に減少の度合いが緩やかになり、時間t13で増加に転じる。。このような車輪回転速度Vwの変化に対応し、ハイブリッド電気自動車1が減速を開始してから負の値を有していた車輪速度変化率ΔVwも絶対値が徐々に減少し、時間t13で0(m/s)となる。
【0130】
図5中の二点鎖線は、推定車体速度Voに対して駆動輪16のスリップ率を第2基準スリップ率S2とした場合の駆動輪16の車輪回転速度V2を示している。本変形例においても前述の実施形態と同様に、第2基準スリップ率S2はステップS106で判定に用いる第1基準スリップ率S1より大きい値となっている。
駆動輪16の車輪回転速度Vwは、電動機6からの駆動トルクの付与によって路面に対するスリップが抑制されていくのに伴い上述のように増加に転じるが、駆動トルクの付与によって直ちに増加に転じるわけではない。即ち、駆動輪16の車輪回転速度Vwは、図5の時間t12の後に駆動トルクの付与を開始してから時間遅れをもって時間t13で増加に転じる。そこで、本変形例においても前述した実施形態と同様に、このような駆動トルクの付与と車輪回転速度Vwの変化との関係を予め実験等により把握し、車輪回転速度Vwが減少から増加に転じるときの駆動輪16のスリップ率より幾分小さい値を第2基準スリップ率S2として用いている。
【0131】
従って、図5に示すように、時間t13を過ぎて駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが正の値を有するようになった当初は、車輪回転速度Vwが第2基準スリップ率S2に対応した車輪回転速度V2より小さく、時間t14において車輪回転速度V2に達する。従って、時間t14までは駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2より大きいため、時間t12と時間t14との間の期間においては、車両ECU24がステップS109の判定により処理をステップS108に進め、駆動輪16に対する駆動トルクの付与が継続することになる。こうして電動機6の駆動トルクが駆動輪16に付与されることにより、路面に対する駆動輪16のスリップは迅速に収束していく。
【0132】
このように、継続した駆動トルクの付与により駆動輪16のスリップが収束するのに伴い、図5の時間t14の後に駆動輪16の車輪回転速度Vwが車輪回転速度V2を上回ると、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2より小さくなる。このとき、すでに駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは正の値を有しているので、車両ECU24はステップS109の判定により処理をステップS110に進めるようになる。
【0133】
ステップS110において車両ECU24は、フラグF3の値を0とした後、ステップS111に処理を進める。前述したように、ステップS111で車両ECU24は、回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に目標出力トルクTmを指示する。インバータECU28は、車両ECU24からの指示を受け、電動機6を発電機として作動させると共に、出力トルクが目標出力トルクTm、即ち回生制動トルクTbとなるように電動機6を制御する。こうして電動機6が出力した回生制動トルクは、変速機8を介して左右の駆動輪16,18に伝達される。
【0134】
こうして車両ECU24は、ステップS109の判定により、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVaを上回る、即ち正の値を有すると共に、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回る場合には、路面に対するスリップが収束しつつあり、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定し、電動機6を再び発電機として作動させ、駆動輪16に回生制動トルクを付与する。
【0135】
このように、単に車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVbを上回る、即ち正の値を有するだけではなく、更にスリップ率Swが第2基準スリップ率S2を下回るときに駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定するのは、前述の実施形態と同様の理由によるものである。
即ち、車輪速度センサ42によって検出される駆動輪16の車輪回転速度Vwは、路面の凹凸などによって変動しているため、車輪速度変化率ΔVwが第2基準変化率ΔVaを上回る、即ち正の値を有しているだけでは、必ずしも駆動輪16のロック傾向が解消しつつあるとは限らない。また、駆動輪16のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2より小さいだけでは、必ずしも駆動輪16のロック傾向が解消しつつあるとは限らず、その状態から駆動輪16のスリップが拡大する場合もあり得るからである。
従って、本変形例においても、このように車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとの両方に基づき、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあることを的確に判定することができる。
【0136】
ステップS111で回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS101から処理を開始する。
ABSECU40によるABS制御が引き続き行われていれば、車両ECU24は再び処理をステップS101からステップS104に進め、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwとスリップ率Swとを演算した後、ステップS105に処理を進める。
【0137】
このときフラグF3の値は、上述したようにステップS110で再び0に変更されているので、車両ECU24はステップS105の判定により処理をステップS106に進める。前述したように、ステップS106において車両ECU24は、ステップS104で求めた駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが第1基準変化率ΔVa未満、即ち負の値であり、且つ駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1を上回るか否かの判定を行う。
【0138】
上述したようにしてステップS109の判定により処理をステップS110からステップS111に進めて電動機6の回生制動トルクを駆動輪16に付与した後も、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwはしばらくの間、第2基準変化率ΔVbを上回った状態、即ち正の値を有した状態が続く。つまり、図5の時間t14より後にステップS111の処理による駆動輪16への回生制動トルクの付与が行われるが、回生制動トルクの付与によって直ちに駆動輪16の車輪回転速度Vwが減少に転じるわけではなく、まだ駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは正の値を有している。このため、車両ECU24はステップS106の判定により処理をステップS111に進める。
【0139】
ステップS111において車両ECU24は、上述のように回生制動トルクTbを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTmを指示する。従って、電動機6の回生制動トルクが引き続き駆動輪16に付与されることになる。こうして駆動輪16に対して回生制動トルクが引き続き付与されることにより、図5に示すように、駆動輪16の車輪回転速度Vwは時間t14を過ぎて車輪回転速度V2を上回った後、徐々に増大の度合いが緩やかになり、時間t15で減少に転じる。このような車輪回転速度Vwの変化に伴い、時間t14の時点で正の値を有していた車輪速度変化率ΔVwも徐々に減少し、時間t15で0(m/s)となる。
【0140】
駆動輪16に回生制動トルクが引き続き付与されることにより、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwは時間t15を過ぎると負の値を有するようになるが、本変形例においても前述の実施形態と同様に、時間t15の時点で駆動輪16の車輪回転速度Vwは第1基準スリップ率S1に対応する車輪回転速度V1より大きくなっており、駆動輪16のスリップ率Swは第1基準スリップ率S1より小さい。従って、時間t15を過ぎて駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwが負の値になっても、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より小さい間は、引き続き車両ECU24がステップS106の判定によって処理をステップS111に進め、上述したように発電機6の回生制動トルクが駆動輪16に付与されることになる。
【0141】
このように回生制動トルクの付与が継続することにより、図5の時間t16で駆動輪16の車輪回転速度Vwが車輪回転速度V1に達した後に更に減少すると、駆動輪16のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きくなる。従って、図5の時間t14と時間t16との間の期間においては、車両ECU24がステップS106の判定により処理をステップS111に進め、駆動輪16に対する回生制動トルクの付与が継続することになる。
【0142】
そして、図5の時間t16を過ぎて駆動輪16の車輪回転速度Vwが車輪回転速度V1を下回るようになると、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVwはすでに負の値を有しているので、車両ECU24は前述のように駆動輪16がロックする傾向にあるとステップS106で判定することにより処理をステップS107に進める。
ステップS107において車両ECU24は、前述したようにフラグF3の値を1とした後、処理をステップS108に進め、駆動トルクTdを電動機6の目標出力トルクTmとして設定し、インバータECU28に対して目標出力トルクTmを指示する。
【0143】
こうしてステップS108に処理を進め、電動機6の駆動トルクが駆動輪16に付与すると、車両ECU24はその制御周期を終了し、次の制御周期で再びステップS101から処理を開始するが、この後の処理の内容は既に述べたとおりである。即ち、ABSECU40によるABS制御が実行されている限り、ステップS106で駆動輪16がロックする傾向にあると判定すると、ステップS109で駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定するまでは、電動機6の駆動トルクが駆動輪16に付与される。また、ステップS109で駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると判定すると、ステップS106で駆動輪16がロックする傾向にあると判定するまでは、電動機6の回生制動トルクが駆動輪16に付与される。
【0144】
そして、前述した実施形態と同様に、ハイブリッド電気自動車1が停車するなどしてABSECU40によるABS制御が終了すると、車両ECU24はステップS101の判定により処理をステップS102に進め、フラグF3の値を0にリセットした後、ステップS103に処理を進める。ステップS103において車両ECU24は、前述したように他の制御を優先するべく、車輪スリップ制御として電動機6を制御するためのインバータECU28に対する指示をせず、その制御周期を終了する。従って、電動機6は他の制御により車両ECU24が設定する目標出力トルクに従い、インバータECU28によって制御されることになる。
【0145】
以上のようにして車輪スリップ制御が行われることにより、前述の実施形態と同様に、サービスブレーキ機構を用いてハイブリッド電気自動車1を減速する場合に限らず、図示しない排気ブレーキなどの補助ブレーキ機構で減速する場合や、電動機6の回生制動力のみ、或いはエンジン2のエンジンブレーキと電動機6の回生制動力とを組み合わせて減速する場合においても、駆動輪16のロックを良好に防止してハイブリッド電気自動車1の走行安定性を確保することが可能となる。
【0146】
そして、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVw及びスリップ率Swに基づいて駆動輪16がロックする傾向にあることを判定するので、駆動輪16の車輪回転速度Vwの一時的変化や、スリップ率Swの一時的変化のみで駆動輪16がロックする傾向にあると誤って判定してしまうような事態を回避し、駆動輪16がロックする傾向にあることを的確に判定することができる。
【0147】
また、駆動輪16の車輪速度変化率ΔVw及びスリップ率Swに基づいて駆動輪16のロック傾向が解消しつつあることを判定するので、駆動輪16の車輪回転速度Vwの一時的変化や、スリップ率Swの一時的変化のみで駆動輪16のロック傾向が解消しつつあると誤って判定してしまうような事態を回避し、駆動輪16のロック傾向が解消しつつあることを的確に判定することができる。
【0148】
本変形例において車両ECU24が実行する車輪スリップ制御について、左の駆動輪16がロック傾向となる場合を例に説明したが、右の駆動輪18がロック傾向にある場合にも全く同様の車輪スリップ制御が車両ECU24によって実行され、同様の効果を得ることができる。
以上で、本発明の一実施形態及びその変形例に係る電気自動車の車輪スリップ制御装置についての説明を終えるが、本発明は上記実施形態或いは変形例に限定されるものではない。
【0149】
例えば、上記実施形態及び変形例においては、駆動輪16(または駆動輪18)がロックする傾向にあると判定する際に用いた第1基準変化率ΔVa、及び駆動輪16(または駆動輪18)のロック傾向が解消しつつあると判定する際に用いた第2基準変化率ΔVbを、いずれも0(m/s)とした。しかしながら、両者を異なる値とし、第1基準変化率ΔVaを負の所定値、第2基準変化率ΔVbを正の所定値としても良い。
【0150】
このようにすることで、駆動輪16(または駆動輪18)がロックする傾向、及び駆動輪16(または駆動輪18)のロック傾向が解消しつつあることを、より厳しく判定することができる。
即ち、駆動輪16(または駆動輪18)のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1より大きいのに加え、駆動輪16(または駆動輪18)の車輪速度変化率ΔVwが負の値となるだけではなく、負の値を有した第1基準変化率を下回ってから駆動輪16(または駆動輪18)がロック傾向にあると判定するので、駆動輪16(または駆動輪18)がロック傾向にあることが一層確実に判定されることになる。
【0151】
同様に、駆動輪16(または駆動輪18)のスリップ率Swが第2基準スリップ率S2より小さいのに加え、駆動輪16(または駆動輪18)の車輪速度変化率ΔVwが正の値となるだけではなく、正の値を有した第2基準変化率となるまで駆動輪16(または駆動輪18)のロック傾向が解消しつつあるとは判定しないので、駆動輪16(または駆動輪18)のロック傾向が解消しつつあることが一層確実に判定されることになる。
このように、第1基準変化率ΔVaを負の所定値とすると共に、第2基準変化率ΔVbを正の所定値とすると、特に、駆動輪16(または駆動輪18)の車輪速度変化率が0(m/s)近傍で微小変動を繰り返す可能性がある場合などに有効である。
【0152】
また、上記実施形態では、駆動輪16(または駆動輪18)がロックする傾向にあると判定した後、電動機6からトルクが出力されない状態を間にはさんで、駆動輪16(または駆動輪18)に駆動トルクを付与する状態と、駆動輪16(または駆動輪18)に回生制動トルクを付与する状態とを交互に繰り返すようにした。これに対して、上記変形例では、駆動輪16(または駆動輪18)がロックする傾向にあると判定した後、電動機6からトルクが出力されない状態を間にはさまずに、駆動輪16(または駆動輪18)に駆動トルクを付与する状態と、駆動輪16(または駆動輪18)に回生制動トルクを付与する状態とを交互に繰り返すようにした。
【0153】
このような2種類の制御に代え、駆動トルクを駆動輪16(または駆動輪18)に付与する状態から、回生制動トルクを駆動輪16(または駆動輪18)に付与する状態に切り換えるときにのみ、電動機6からトルクが出力されない状態を間にはさみ、回生制動トルクを駆動輪16(または駆動輪18)に付与する状態から、駆動トルクを駆動輪16(または駆動輪18)に付与する状態に切り換える場合には、電動機6からトルクが出力されない状態を間にはさむことなく直接的に切り換えを行うようにしても良い。
【0154】
このような制御を行うには、例えば図2のフローチャートにおいて、ステップS10を省略して、ステップS7において駆動輪16(または駆動輪18)のスリップ率Swが第1基準スリップ率S1以下であると判定した場合に、車両ECU24が処理をステップS15に進めるようにすればよい。この場合、フラグF1は不要となり、ステップS2及びステップS11の処理も不要となる。
【0155】
また、上記実施形態及び変形例においては、電動機6の目標出力トルクとして設定する駆動トルクTd及び回生制動トルクTbの値を、電動機6の出力回転数に応じて変化させるようにしたが、これらの値については様々な方法で設定することが可能である。即ち、例えば少なくとも一方を、固定値としても良いし、電動機6の出力回転数以外のパラメータを加味して設定したり、目標スリップ率に対する駆動輪16(または駆動輪18)のスリップ率の偏差に基づくPID制御により算出したりするようにしても良い。
【0156】
更に、上記実施形態及び変形例では、ABS制御が行われていることを前提として、駆動輪16(または駆動輪18)のロックの状況に応じて電動機6から駆動トルクまたは回生制動トルクを駆動輪16(または駆動輪18)に付与するようにしたが、ABS装置を有していないハイブリッド電気自動車や電気自動車にも、同様に本発明を適用することが可能である。
この場合、図2のフローチャートにおけるステップS1、或いは図4のフローチャートにおけるステップS101での、ABS制御を実行中であるか否かの判定に代えて、例えば車両が減速走行中であるか否かの判定を行うようにしても良い。即ち、ABS制御を実行中であると判定した場合の処理と同様の処理を、車両が減速中であると判定した場合に行うようにしても良い。
【0157】
なお、上記実施形態及び変形例は、走行用の動力源として電動機とエンジンとを有するハイブリッド電気自動車1に本発明を適用したものであったが、走行用の動力源として電動機のみを有する電気自動車の場合にも、本発明を同様に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0158】
1 ハイブリッド電気自動車
6 電動機
16,18 駆動輪
24 車両ECU(制御手段)
42,44 車輪速度センサ(車輪速度検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行用の動力源として電気自動車に搭載され、モータ作動する場合には駆動トルクを駆動輪に伝達可能である一方、発電機作動する場合には上記駆動輪に回生制動トルクを伝達可能な電動機と、
上記駆動輪の車輪回転速度を検出する車輪速度検出手段と、
上記駆動輪がロックする傾向にあると判定すると、上記電動機をモータ作動させて上記電動機の駆動トルクを上記駆動輪に付与する一方、上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定すると、上記電動機を発電機作動させて上記電動機の回生制動トルクを上記駆動輪に付与する制御手段とを備え、
上記制御手段は、上記車輪速度検出手段によって検出された上記車輪回転速度の変化率である車輪速度変化率と、上記車輪速度検出手段によって検出された上記車輪回転速度を用いて求めた上記駆動輪のスリップ率とに基づき、上記駆動輪がロックする傾向にあるか否かの判定、及び上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあるか否かの判定を行うことを特徴とする電気自動車の車輪スリップ制御装置。
【請求項2】
上記制御手段は、上記車輪速度変化率が負の値であると共に、上記スリップ率が所定の第1基準スリップ率より大きいときに、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定する一方、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定した後、上記車輪速度変化率が正の値となると共に、上記スリップ率が上記第1基準スリップ率より大きい所定の第2基準スリップ率より小さいときに、上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定することを特徴とする請求項1に記載の電気自動車の車輪スリップ制御装置。
【請求項3】
上記制御手段は、上記車輪速度変化率が負の値を有する所定の第1基準変化率より小さい値であると共に、上記スリップ率が第1基準スリップ率より大きいときに、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定する一方、上記駆動輪がロックする傾向にあると判定した後に、上記車輪速度変化率が正の値を有する所定の第2基準変化率より大きい値である共に、上記スリップ率が上記第1基準スリップ率より大きい第2基準スリップ率より小さいときに、上記駆動輪のロック傾向が解消しつつあると判定することを特徴とする請求項1に記載の電気自動車の車輪スリップ制御装置。
【請求項4】
上記電気自動車は、上記電動機に加えてエンジンを走行用の動力源として搭載したハイブリッド電気自動車であることを特徴とする請求項1に記載の電気自動車の車輪スリップ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−61945(P2011−61945A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207956(P2009−207956)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(303002158)三菱ふそうトラック・バス株式会社 (1,037)
【Fターム(参考)】