説明

表示装置用Al合金膜、表示装置および該表示装置の製造方法、ならびにAl合金スパッタリングターゲット

【課題】表示装置(LCD)におけるパネルのTAB部引き出し電極の断線を防止することができ、かつ、バリアメタル層を介在させずにAl合金膜を透明画素電極と直接接続することのできるAl合金膜を提供する。
【解決手段】表示装置に用いられるAl合金膜であって、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含み、長径0.01μm超であってNi量とCo量の合計が10原子%以上である化合物が、100μm2あたり3個超析出していると共に、Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計が0.1〜0.5原子%であり、かつ、Al合金膜の硬度が1.5GPa以上3.0GPa以下であるところに特徴を有する表示装置用Al合金膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表示装置用Al合金膜、表示装置およびAl合金スパッタリングターゲットに関するものであり、特に、表示装置(例えば液晶表示装置)におけるパネルのTAB部引き出し電極の断線を防止できると共に、表示装置の基板上で、バリアメタル層を用いずに透明導電膜と直接接続できるAl合金膜、該Al合金膜が薄膜トランジスタに用いられた表示装置、および該表示装置の製造方法、ならびに該Al合金膜の形成に有用なAl合金スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
液晶表示装置(LCD:Liquid Crystal Display)は、中小型のものが携帯電話やモバイル端末のディスプレイ、PCモニタなどに使用され、また近年では、大型化が進んで大型TVなどにも用いられている。液晶表示装置は、薄膜トランジスタ(TFT)基板や対向基板と、それらの間に注入された液晶層と、更にカラーフィルタや偏光板などの樹脂フィルム、バックライトなどから構成される。上記TFT基板には、半導体で培われた微細加工技術を駆使して、スイッチング素子や画素、更には、この画素に電気信号を伝えるための走査線や信号線が形成されている。
【0003】
前記走査線や信号線に用いられる配線材料には、電気抵抗率が小さく、微細加工が容易であるなどの理由により、純AlまたはAl−NdなどのAl合金が汎用されている。この純AlまたはAl合金からなる配線と、透明導電膜からなる透明画素電極の間には、Mo、Cr、Ti、W等の高融点金属からなるバリアメタル層が通常設けられている。バリアメタル層を形成することで、耐熱性の確保や、透明画素電極と配線を直接接続させる場合の電気伝導性の確保を図っている。
【0004】
しかし、バリアメタル層を形成するには、前記配線の形成に必要な成膜チャンバーを有する装置に、バリアメタル層形成用の成膜チャンバーを余分に装備しなければならない。液晶表示装置の大量生産に伴い低コスト化が進むにつれて、バリアメタル層の形成に伴う製造コストの上昇や生産性の低下は軽視できなくなっている。
【0005】
そこで、バリアメタル層の形成を省略できるダイレクトコンタクト(DC)技術が提案されている。例えば、特許文献1には、バリアメタル層の形成を省略してAl合金配線を透明画素電極に直接接続した場合のコンタクト抵抗(接続抵抗)が低く(以下、この様な特性を「DC性」ということがある)、Al合金配線自体の電気抵抗も小さく、更には耐熱性の向上も図ることのできるダイレクトコンタクト技術が提案されている。
【0006】
ところで、上記走査線や信号線を駆動させるため、該走査線や信号線と、ドライバICとを、例えばACF(Anisotropic Conductive Film 異方性導電体)を挟んで、圧着により接続することが行われている。この様な接続部分をTAB部といい、走査線や信号線との接続部分を特にTAB部引き出し電極と呼ぶことがある。このTAB部引き出し電極は、一般的にAl合金膜と透明導電膜が積層された構造になっていることが多い。しかし上記圧着の際に、しばしばTAB部引き出し電極を構成するAl合金膜が割れて断線するといった問題がある。
【0007】
上記断線の防止を図った技術として、例えば特許文献2には、ICに、Au等の金属からなるバンプを形成し、回路基板には該ICを接続するためのインナーリードを形成し、該インナーリードのバンプと重なる部分には切り欠きを形成することによって、ボンディング条件の荷重を下げること、また、この様に荷重を下げることで、1バンプにかかる荷重を減少させてパッシベーションクラックを防止できることが示されている。また、特許文献3には、少なくとも表示層が形成されていない非表示部の電極層が形成された電極層形成部上のガスバリア層を、中間層が形成されていない非中間層形成領域とすることで、電極層形成部にACF接続する際に電極層が割れない旨示されている。つまり、これらの技術は、TAB部やその周辺の構造を工夫することによって、圧着による割れの防止を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−214606号公報
【特許文献2】特開2003−100804号公報
【特許文献3】特開2005−158481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、これら特許文献2,3の積層構造を工夫する手段では構造が複雑になることから、製造工程が多くなるとともに、歩留を悪化させる可能性が高く、管理項目が煩雑になる等労力を要するためコストアップの要因となる。
【0010】
本発明はこの様な事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、上記特許文献2や特許文献3の様に表示装置の構造を変えることなく現状のままで、圧着耐性に優れてTAB部引き出し電極の断線を防止でき、かつ特許文献1の様にDC性にも優れるAl合金膜を実現すること、また、この様なAl合金膜を実現させることで、バリアメタル層の形成を省略して成膜プロセスの簡素化を図り、かつ、表示装置のTAB部製造工程の簡略化および上記断線による不良発生の抑制も同時に達成するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るAl合金膜とは、表示装置に用いられるAl合金膜であって、
NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含み、長径0.01μm超であってNi量とCo量の合計が10原子%以上である化合物が、100μm2あたり3個超析出していると共に、Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計が0.1〜0.5原子%であり、かつ、Al合金膜の硬度が1.5GPa以上3.0GPa以下であるところに特徴を有する。
【0012】
上記Al合金膜は、更に他の元素として、希土類元素、Cu、Ge、Hf、Mg、Mn、Ti、Zn、およびZrよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(Z元素)を、0.1原子%以上で、かつ前記X元素とZ元素の合計量で10原子%以下となるよう含んでいてもよい。
【0013】
本発明は、前記Al合金膜が、LCDパネルのTAB部引き出し電極に使用されている点に特徴を有する表示装置も含む。前記TAB部引き出し電極は、少なくとも前記Al合金膜と透明導電膜とが積層された積層構造を有しており、前記透明導電膜中に存在するピンホールが100μm2あたり3個以下であることが好ましい。また、前記透明導電膜としては酸化インジウム錫膜または酸化インジウム亜鉛膜が好適である。前記Al合金膜は、該表示装置において、更に、透明導電膜と直接接続される配線膜として使用されていてもよい。
【0014】
本発明には、前記表示装置を製造する方法であって、前記Al合金膜および前記透明導電膜を形成した後、酸素分圧3kPa以上の雰囲気下において、200℃以上300℃以下で、30分間以上熱処理する工程を含む表示装置の製造方法も含まれる。
【0015】
本発明には、前記Al合金膜の形成に用いられるAl合金スパッタリングターゲットであって、
・NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含み、残部がAlおよび不可避不純物であるところに特徴を有するAl合金スパッタリングターゲット;
・NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含むと共に、希土類元素、Cu、Ge、Hf、Mg、Mn、Ti、Zn、およびZrよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(Z元素)を0.1原子%以上含み、かつ前記X元素とZ元素の合計量が10原子%以下で、残部がAlおよび不可避不純物であるところに特徴を有するAl合金スパッタリングターゲット;
も含まれる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、LCDなどの表示装置におけるパネルのTAB部引き出し電極の断線を防止することができ、かつ、バリアメタル層を介在させずにAl合金膜を透明画素電極(透明導電膜)と直接接続することができる。また、現像液耐性や耐熱性にも優れたAl合金膜を提供できる。更には、特許文献2等の様にTAB部の構造を複雑にせずとも断線を防止でき、かつバリアメタル層を省略できるため、生産性に優れ、安価に表示装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、実施例において作製した試料の模式断面図である。
【図2】図2は、実施例における配線膜の硬度測定例である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、ダイレクトコンタクト技術を更に改善したものとして、特に、LCDなどの表示装置におけるパネルのTAB部引き出し電極(Al合金膜からなる)の断線を防止することを課題に、鋭意研究を行ったところ、断線防止には、上記Al合金膜の硬度を引き上げる必要がある、具体的には、Al合金膜の硬度を1.5GPa以上とすることで、上述した断線を防止できることを見出した。この様な断線防止の観点からは、Al合金膜の硬度を1.6GPa以上とすることが好ましく、より好ましくは1.7GPa以上である。
【0019】
一方、Al合金膜の硬度が高すぎても、硬度を高める成分設計、材料設計が結果として配線電気抵抗の上昇を招き、表示デバイスの信号応答性を劣化させるため、3.0GPa以下に抑える。この様な観点からは2.5GPa以下に抑えることが好ましい。
【0020】
そして本発明者らは、上記硬度を示すAl合金膜を実現するための具体的手段について、DC性の確保やAl合金膜の配線電気抵抗を抑えることを前提に検討したところ、特に、一定サイズ以上の化合物を析出分散させると共に、Al結晶粒内のNiおよび/またはCoの固溶濃度を制御すればよいことを見出した。以下、各条件およびその規定理由について詳述する。
【0021】
まず、本発明のAl合金膜は、(A)長径0.01μm超であってNi量とCo量の合計が10原子%以上である化合物が、100μm2あたり3個超析出したものである。この様に長径0.01μm超と一定サイズ以上の化合物を析出分散させることによって、DC性を確保することができる。上記化合物は、100μm2あたり10個以上析出していることが好ましく、100μm2あたり20個以上析出していることがより好ましい。
【0022】
尚、本来、単位体積あたり(μm3あたり)の析出物個数として示すべきだが、膜厚が500nm以下と薄いため、実施例に示すように配線膜に概略平行に採取したTEM観察用試料を用い、EDXマッピングにて上記の通り単位面積あたりの個数で判定する。
【0023】
上記化合物のサイズおよび該化合物中のNi量とCo量の合計量の測定方法は、後述する実施例に示す通りである。
【0024】
また、本発明のAl合金膜は、(B)Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計が0.1〜0.5原子%(at%)を満たすものである。Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計を0.1原子%以上とすることで、膜の硬度上昇を図ることができる。前記固溶Ni量と固溶Co量の合計は、好ましくは0.15原子%以上である。
【0025】
膜の硬度を高める観点からは、前記固溶Ni量と固溶Co量の合計が高い方が望ましいが、高くなりすぎるとAl合金膜の配線電気抵抗が高くなる。よって本発明では、配線電気抵抗を抑える観点から、Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計を0.5原子%以下、好ましくは0.4原子%以下とする。尚、上記Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計の測定は、後述する実施例の方法による。
【0026】
上記(A)および(B)を満たすAl合金膜とすることにより、透明導電膜と直接接続させるAl合金膜として必要なDC性を損ねることなく、膜の硬度を高めることができる。
【0027】
上記析出形態および固溶形態の組織を得ると共に、表示装置用Al合金膜としての特性(優れたDC性、低電気抵抗率、更には現像液耐性や耐熱性)を付与するための、Al合金膜の成分組成、および表示装置の推奨される製造条件についても検討した。以下、これらについて詳述する。
【0028】
まず、本発明のAl合金膜は、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%(at%、NiとCoの両元素を含む場合は合計量をいう)含む。これらの元素は、優れたDC性(低コンタクト抵抗)を実現するのに有効な元素である。また、上記析出形態および固溶形態の実現にも必要な元素である。これらの効果を十分に発揮させるには、X元素を0.1原子%以上、好ましくは0.15原子%以上含有させる。
【0029】
一方、X元素の含有量が過剰になると、Al合金膜自体の電気抵抗率が増大するため、X元素の含有量は2.0原子%以下、好ましくは1.0原子%以下とする。
【0030】
また、本発明のAl合金膜は、希土類元素、Cu、Ge、Hf、Mg、Mn、Ti、Zn、およびZrよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(Z元素)を0.1原子%以上(Z元素が複数の元素からなる場合は合計量をいう)含むものであってもよい。
【0031】
上記Z元素は、DC性をより高めたり、その他の特性として、耐熱性(ヒロック耐性)や現像液耐性(エッチングレートの改善)等の特性が必要な場合に適量添加する元素である。
【0032】
希土類元素は、耐熱性および現像液耐性の向上に寄与する元素である。尚、ここでいう希土類元素とは、ランタノイド元素(周期表において、原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの合計15元素)に、Sc(スカンジウム)とY(イットリウム)とを加えた元素群を意味する。希土類元素の中でも、好ましくはNd、Gd、La、Y、Ce、Pr、Dyであり、より好ましくはLa、Ndである。
【0033】
また、Cu、Geは、DC性をより高めるのに有効な元素である。また、Hf、Mg、Mn、Pr、Ti、Zn、Zrは現像液耐性の向上に寄与する元素である。
【0034】
これらの効果を高めるには、Z元素を0.1原子%(at%)以上、好ましくは0.2原子%以上含有させるのがよい。尚、Z元素量の上限は、前記X元素との合計量で調整される。前記X元素とZ元素の合計含有量が過剰であると、Al合金膜の電気抵抗率が高くなるため、本発明では、前記X元素とZ元素の合計量を10原子%以下、好ましくは9原子%以下とする。
【0035】
本発明のAl合金膜は、上記元素を含有し、残部はAlおよび不可避不純物である。
【0036】
上記Al合金膜は、スパッタリング法にてスパッタリングターゲット(以下「ターゲット」ということがある)を用いて形成することが望ましい。イオンプレーティング法や電子ビーム蒸着法、真空蒸着法で形成された薄膜よりも、成分や膜厚の膜面内均一性に優れた薄膜を容易に形成できるからである。
【0037】
また、スパッタリング法により本発明のAl合金膜を形成するには、所望のAl合金膜と同一の組成のAl合金スパッタリングターゲットを用いれば、組成ズレすることなく、所望の成分・組成のAl合金膜を形成できるのでよい。
【0038】
上記ターゲットの形状は、スパッタリング装置の形状や構造に応じて任意の形状(角型プレート状、円形プレート状、ドーナツプレート状など)に加工したものが含まれる。
【0039】
上記ターゲットの製造方法としては、溶解鋳造法や粉末焼結法でAl合金からなるインゴットを製造して得る方法や、スプレイフォーミング法でAl合金からなるプリフォーム(最終的な緻密体を得る前の中間体)を製造した後、該プリフォームを緻密化手段により緻密化して得られる方法が挙げられる。
【0040】
本発明のAl合金膜が、表示装置におけるTFT基板の(i)ソース・ドレイン配線(信号線と同義)や、(ii)ゲート配線(走査線と同義)に用いられ、かつTAB部、即ち、パネルの額縁部分で上記ソース・ドレイン配線とドライバICとが接続しているソースTABや、パネルの額縁部分で上記ゲート配線ドライバICとが接続しているゲートTABの引き出し電極に使用されていると、本発明の効果が存分に発揮されるので望ましい。
【0041】
ここで、本発明のAl合金膜をTAB部引き出し電極に使用し、該Al合金膜上に透明導電膜を形成した場合、前記透明導電膜には直径10nm以上40nm以下程度で、膜の厚さ方向に貫通するピンホール(微細な空孔)が少なからず存在する。このようなピンホールが多数存在すると、TAB引き出し電極にドライバICを圧着する際にこのピンホールが応力集中部となって割れ破壊起点となり、断線が発生しやすくなると考えられる。
【0042】
そのため、TAB部引き出し電極を、少なくとも前記Al合金膜と透明導電膜とが積層された積層構造とする場合には、前記透明導電膜中に存在するピンホールの数をできるだけ低減することが望まれる。前記透明導電膜中のピンホールの個数を減らすことにより、圧着時の割れ起点をなくすことができ、TAB部引き出し電極の割れをより抑制することができる。本発明者らの検討結果によれば、上記積層構造を有したTAB部引き出し電極に対し酸化性雰囲気下で所定の熱処理を行うと、上記ピンホールの個数を透明導電膜100μm2あたり3個以下に低減できることが判明した。なお、熱処理条件の詳細は後述する。
【0043】
本発明のAl合金膜は、透明導電膜と直接接続される配線膜としても使用できる。Al合金膜と透明導電膜が直接接続している形態として、例えばボトムゲート型またはトップゲート型の構造を有するTFT基板において、上記(i)のソース・ドレイン配線が透明導電膜と直接接続する形態が挙げられる。
【0044】
本発明は、Al合金膜の成分組成や組織を特定したところに特徴があり、Al合金膜以外の、TFT基板や表示装置を構成する要件は、通常用いられるものであれば特に限定されない。例えば、本発明に用いられる透明画素電極として、酸化インジウム錫(ITO)膜、酸化インジウム亜鉛(IZO)膜、酸化アルミニウム亜鉛(AZO)膜、酸化亜鉛チタン(ZTO)などが挙げられる。尚、TAB部引き出し電極に形成される透明導電膜としては、後述する製造方法に記載するように、酸化性雰囲気下での熱処理によりピンホールを低減できることから、酸化インジウム錫(ITO)膜または酸化インジウム亜鉛(IZO)膜が好適である。
【0045】
従来のダイレクトコンタクト技術におけるAl合金膜の熱処理や、Al合金膜の成膜後にAl合金膜が受ける熱履歴(例えばSiN成膜工程での加熱処理)では、室温から最高到達温度(SiN成膜工程の場合はSiN成膜温度域)である330℃近傍まで、5℃/min前後の昇温速度で加熱される。しかし本発明では、規定の析出形態および固溶状態を同時に実現させるため、上記昇温速度を10℃/min以上にすることが推奨される。上記昇温速度は、より好ましくは30℃/min以上、更に好ましくは60℃/min以上である。
【0046】
尚、本発明は、上記製造条件に限定されず、他の条件(熱処理条件・熱履歴条件)を採用して規定の析出形態や固溶状態を実現させることにより、本発明で示す特性を発揮するAl合金膜や該Al合金膜を用いた表示装置を得る場合も本発明に包含される。
【0047】
本発明のAl合金膜を備えた表示装置を製造するにあたっては、Al合金膜の熱処理・熱履歴条件を上述した推奨される条件とすること以外は、表示装置の一般的な工程を採用すればよく、例えば、前述した特許文献1に記載の製造方法を参照すればよい。
【0048】
また、本発明のAl合金膜をTAB部引き出し電極に使用し、該Al合金膜上に透明導電膜を形成する場合、前記透明導電膜が形成されたTAB部引き出し電極に酸化性雰囲気下で熱処理を施すことが好ましい。これにより、透明導電膜が構成元素としてIn、Sn、Znなどを含有する場合、透明導電膜中のピンホールを著しく低減することができる。
【0049】
酸化性雰囲気下での熱処理により、ピンホールが低減する理由は必ずしもあきらかでないが、以下のように考えられる。例えば、ITO膜を例に挙げると、スパッタリングなどにより成膜されるITO膜は、酸素欠乏状態となりアモルファスITOとして成膜される。そのため、酸化性雰囲気下で熱処理を施し酸化が進行すると、ITOの結晶化(ポリ化)が進行する。そして、ITO膜構成元素であるIn、Snは、単体金属から酸化物に変化する際に体積膨張するため、ITOのポリ化が進行する(In、Snが酸化される)につれてピンホールが塞がれると推察される。このような現象はITO膜以外の他の透明導電膜でも起こると考えられる。例えばIZO膜などの透明導電膜でも、同様の効果が期待できる。
【0050】
前記熱処理は酸化性雰囲気で行うことが必要であり、具体的には大気圧(101.3kPa)下において、酸素分圧3kPa(酸素濃度3体積%)以上が必要である。上記のように、ITO膜をポリ化することによりピンホールが塞がれるため、原理的には不活性ガス雰囲気下での熱処理でも体積膨張するが、化学量論比から酸素原子が欠乏した組成比では十分な体積膨張が得られない。そのため、酸素ガスを含有した雰囲気下での熱処理が必要となる。また、酸素分圧は3kPaあれば十分であるが、好ましくは12kPa(酸素濃度12体積%)以上である。なお、酸素分圧の上限は特に限定されないが、熱処理時における、炉を構成する耐火物の損傷防止を考慮すると41kPa(酸素濃度40体積%)程度とすることが好ましい。なお、イメージ炉のように、耐火物を用いない場合であれば、熱処理時の酸素濃度が100体積%でも構わない。
【0051】
前記熱処理の加熱温度は、200℃以上とする。加熱温度が200℃未満では、ITO膜のポリ化が進行しないため、ITOピンホールを低減できない。一方、加熱温度の上限は300℃とする。加熱温度が300℃を超えると、表示装置パネル配線内の構造にダメージを与えてしまう。また、加熱温度が300℃を超えると、TAB部引き出し電極部のAl合金膜において、硬度を高め断線を防止するために確保しているAl結晶粒内の固溶Ni、固溶Coの析出が進行してしまい、Al合金膜の硬度が1.5GPa未満となる。前記熱処理の加熱温度は、好ましくは230℃〜280℃である。
【0052】
前記熱処理の加熱時間は、30分間以上とする。これは、加熱温度300℃以下の熱処理でITO膜を十分にポリ化させるのに必要な最小時間である。加熱時間は、長時間実施しても構わないが、LCDパネル配線へのダメージを抑制するため、120分間以下が好ましく、より好ましくは90分間以下、更に好ましくは60分間以下である。
また、TAB部引き出し電極のAl合金膜において、規定の析出形態および固溶状態を確保するため、上記熱処理時の昇温速度は10℃/min以上にすることが推奨される。前記昇温速度は、より好ましくは30℃/min以上、更に好ましくは60℃/min以上である。
【実施例】
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0054】
1.実施例1
表1に示す種々の成分組成の膜(膜厚=300nm)を、DCマグネトロン・スパッタリング法(基板=ガラス基板(コーニング社製 Eagle2000(登録商標))、スパッタガス=アルゴン、圧力=266mPa(2mTorr)、基板温度=25℃(室温))により成膜した。
【0055】
尚、上記種々の合金組成のAl合金膜の形成には、真空溶解法で作製した種々の組成のAl合金ターゲットを用いた。
【0056】
また上記成膜した種々のAl合金膜中の各合金元素の含有量は、ICP発光分析(誘導結合プラズマ発光分析)法で求めた。
【0057】
そして、絶縁膜(SiN膜)の成膜を模擬して、表1のNo.1〜17およびNo.21〜24では、室温から約330℃まで昇温速度30℃/minで昇温させ、約330℃で30分間保持した後、室温まで自然冷却にて降温させる熱処理を行った。また、表1のNo.18〜20では、上記昇温速度を5℃/minで行う以外は、上記と同様にして熱処理を行った。
【0058】
この様にして得られた膜(配線膜)について、下記に示す通り、Al結晶粒内の固溶Ni量/固溶Co量の測定、析出物の測定を行った。
【0059】
(Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計量の測定)
Al結晶粒内の固溶Ni量、固溶Co量は、配線膜に概略平行に採取したTEM観察用試料を作製し、電界放出型透過電子顕微鏡(FE−TEM)(日立製作所製、HF−2200)により倍率90万倍で像を得た。そして、任意のアルミニウム結晶粒界にほぼ直交するラインにおいて、該粒界から5nm、10nmまたは30nm離れた位置で、Ni量とCo量の合計が10原子%以上である化合物に当たらないマトリクスのNi量(固溶Ni量)、Co量(固溶Co量)をnanoEDX分析で求めて、この固溶Ni量と固溶Co量の合計の平均値(5nm、10nmおよび30nmの位置の合計3箇所の平均値)を算出した。その結果を表1に示す。
【0060】
(析出物の測定)
配線膜に概略平行に採取したTEM観察用試料を作製し、電界放出型透過電子顕微鏡(FE−TEM)(日立製作所製、HF−2200)により倍率6万倍で4μm×3μmの視野を合計3視野観察し、長径が0.01μm超の化合物を対象に、EDXマッピングを併用して同定した。そして、前記化合物のうち、化合物中のNi量とCo量の合計が10原子%以上である化合物の個数を測定し、3視野の平均値を求めた。その結果を表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
次に、上記Al合金膜上に、上記SiN膜の成膜を模擬した熱処理の代わりに、絶縁膜としてSiN膜(膜厚=300nm)を成膜した。SiN膜成膜時の熱履歴は、室温から最高到達温度(約330℃)までの昇温速度が30℃/min、最高到達温度での保持時間が30分間、最高到達温度から室温までは自然冷却である。
【0063】
そして、コンタクトホール形成のために、レジスト塗布、露光、現像、SiN膜のエッチングおよびレジストの剥離洗浄を順次行った。その後、図1(試料の模式断面図)に示す通り、コンタクトホール部に透明画素電極としてITO膜を下記条件で成膜した。
(ITO膜の成膜条件)
・スパッタガス=アルゴン
・圧力=106.4mPa(0.8mTorr)
・基板温度=25℃(室温)
【0064】
TAB部は、図1に示す通り、SiN膜のエッチングおよびレジストの剥離洗浄を順次行って配線膜をむき出しにした後、ITO膜を積層して模擬形成した。
【0065】
(膜の硬度測定)
上記ITO膜を積層後に、上記TAB部の該ITO膜を取り除いてむき出しにした配線膜部分の硬度を、ナノインデンター法を採用して測定した。測定条件は表2の通りである。尚、本測定では、配線膜の硬度がガラス基板の硬度の影響を受けるのを避けるため、押込み始めて塑性変形開始後、膜厚の1/10(本実施例では膜の厚さが300nmであるので、20〜30nm)まで押し込んで硬度平均(N数=15)を求めた。その結果を表1に示す。また、その測定例を図2に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
(ITO膜との接触抵抗の測定)
この様にして得られた試料を用いて、ITO膜(透明画素電極)との接触抵抗(コンタクト抵抗、DC性)を特許文献1に示す通りTEGパターンを作製して測定した。その結果、前記表1のNo.1〜13、15〜24は、400Ω以下の良好な値が得られた。これに対し、No.14は純Al膜であるため、DC性を確保できなかった。
【0068】
(配線膜の配線電気抵抗の測定)
上記TAB部にて、4端子法で膜の配線電気抵抗(電気抵抗率)を測定した。その結果、No.1〜23において5.5μΩ・cm以下と低い配線電気抵抗を示した。特に、No.1〜20の膜は5μΩ・cmを下回るより低い配線電気抵抗を示した。これに対し、No.24は、6.3μΩ・cmと高くなった。
【0069】
表1より次のように考察することができる(以下のNo.は、表1における実施例No.を示す)。即ち、No.1〜13のAl合金膜は、成分組成および組織が規定の条件を満たしているため、所望の硬度を示している。また、上述の通り、これらの実施例のAl合金膜は、DC性に優れると共に低い配線電気抵抗を示す。
【0070】
これに対しNo.14〜17は、本発明で規定する少なくともいずれかの元素を含んでいないため、不具合が生じた。詳細には、No.14は、純Al膜であるため、DC性を確保できず、また硬度が低くなった。No.15〜17は、Niおよび/またはCoを含むAl合金膜であるが、その含有量が不足し、Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計が一定以上でないため硬度が不足する結果となった。
【0071】
No.18〜20は、成分組成は本発明で規定する範囲内にあるが、製造工程において、上述の通り他の例と異なる条件で熱処理し、含まれているNiまたはCoが全て析出物を形成したため、本発明で規定する固溶状態を実現できず、高硬度を達成することができなかった。
【0072】
No.21〜23は、X元素およびZ元素の合計量が規定する上限を超えている(No.23は、X元素単独の含有量も上限を超えている)ため、Al合金膜の電気抵抗率(配線電気抵抗)が高くなる結果となった。
【0073】
No.24は、Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計が過剰であるため、配線電気抵抗が高くなった。
【0074】
2.実施例2
本実施例では、上記実施例1において得られたAl合金膜と透明導電膜(ITO膜)との積層構造体に対し、更に酸化性雰囲気下で熱処理を行うと圧着時の割れの発生を一層抑制できることを実証する。具体的には、前記実施例1と同様に、表1に示す種々の成分組成の膜(膜厚=300nm)を、DCマグネトロン・スパッタリング法(基板=2.5cm角のガラス基板(コーニング社製 Eagle2000(登録商標))により成膜し、絶縁膜(SiN膜)の成膜を模擬して熱処理を行い、Al合金膜上にITO膜を成膜した。
【0075】
この様にして得られたAl合金膜と透明導電膜(ITO膜)との積層構造体について、下記に示す通り、ITOピンホールの個数の測定および圧着割れ性試験を行った。また、上記の様にして得られたAl合金膜と透明導電膜(ITO膜)との積層構造体に熱処理を施したものについても、ITOピンホールの個数の測定および圧着割れ性試験を行った。尚、熱処理は、大気(酸素分圧20kPa(酸素濃度20体積%)雰囲気下にて、室温から280℃まで昇温速度20℃/minで昇温させ、280℃で30分間保持した後、室温まで自然冷却にて降温させた。これらの結果を表3に示す。
【0076】
(ITOピンホールの個数測定)
ITOピンホールの個数は、アルカリエッチングによる腐食孔数密度にて決定した。具体的には、前記積層構造体を0.238質量%TMAH(テトラメチルアンモニウムヒドロキシド)水溶液に3分間浸漬して、ITO膜を介して発生したAl合金膜の腐食孔個数を測定し、この腐食孔個数をITOピンホールの個数とした。Al合金膜の腐食孔個数は、観察倍率1000倍の光学顕微鏡写真を撮影し、任意の10μm四方(100μm2)の面積中の黒点数を測定した。
【0077】
(圧着割れ性試験)
前記積層構造体(2.5cm角)の透明導電膜(ITO膜)上に直径1mmの鋼球を載せ、小型インストロン型万能試験機を用いて、室温(温度23℃)にて、荷重800gまたは1100gで10秒間加圧し、鋼球を圧着させた。加圧を解除し、剛球を取り除いた後、光学顕微鏡(400倍)を用いて圧着痕を観察し、Al合金膜およびITO膜の割れ発生の有無を確認した。
【0078】
【表3】

【0079】
表3より次のように考察することができる(以下のNo.は、表3における実施例No.を示す)。まず、熱処理を施していない積層構造体について考察すると、No.1〜24のいずれにおいても、ITOピンホールは100μm2あたり19個以上であり、ITO膜に多数のピンホールが存在する。これらの場合、Al合金膜の硬度が1.5GPa未満であるNo.14〜20は、荷重800gでも割れが発生した。一方、Al合金膜の硬度が1.5GPa以上であるNo.1〜13,21〜24は、荷重800gでは割れは発生せず、Al合金膜の硬度制御により圧着時の割れの発生が防止できていることがわかる。ただし、荷重1100gではいずれも割れが発生した。
【0080】
これに対し熱処理を施した積層構造体では、No.1〜24のいずれにおいても、ITOピンホールは100μm2あたり3個以下に低減されている。そして、これらの場合、Al合金膜の硬度が1.5GPa未満であるNo.14〜20では、荷重1100gで割れが発生したが、Al合金膜の硬度が1.5GPa以上であるNo.1〜13,21〜24では、荷重1100gでも割れが発生しなかった。
【0081】
以上のことから、ITO膜成形後に所定の条件で熱処理を施すことにより、ITOピンホールを低減でき、より過酷な圧着試験を行っても、圧着時の割れの発生を効果的に抑制できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表示装置に用いられるAl合金膜であって、
NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含み、
長径0.01μm超であってNi量とCo量の合計が10原子%以上である化合物が、100μm2あたり3個超析出していると共に、
Al結晶粒内の固溶Ni量と固溶Co量の合計が0.1〜0.5原子%であり、
かつ、Al合金膜の硬度が1.5GPa以上3.0GPa以下であることを特徴とする表示装置用Al合金膜。
【請求項2】
更に他の元素として、希土類元素、Cu、Ge、Hf、Mg、Mn、Ti、Zn、およびZrよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(Z元素)を0.1原子%以上含み、かつ前記X元素とZ元素の合計量が10原子%以下である請求項1に記載の表示装置用Al合金膜。
【請求項3】
請求項1または2に記載のAl合金膜が、LCDパネルのTAB部引き出し電極に使用されていることを特徴とする表示装置。
【請求項4】
前記TAB部引き出し電極は、少なくとも前記Al合金膜と透明導電膜とが積層された積層構造を有しており、前記透明導電膜中に存在するピンホールが100μm2あたり3個以下である請求項3に記載の表示装置。
【請求項5】
前記透明導電膜が、酸化インジウム錫膜または酸化インジウム亜鉛膜である請求項3または4に記載の表示装置。
【請求項6】
請求項1または2に記載のAl合金膜が、透明導電膜と直接接続される配線膜として使用されている請求項3または4に記載の表示装置。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか一項に記載の表示装置を製造する方法であって、
前記Al合金膜および前記透明導電膜を形成した後、酸素分圧3kPa以上の雰囲気下において、200℃以上300℃以下で、30分間以上熱処理する工程を含むことを特徴とする表示装置の製造方法。
【請求項8】
請求項1に記載のAl合金膜の形成に用いられるAl合金スパッタリングターゲットであって、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含み、残部がAlおよび不可避不純物であることを特徴とするAl合金スパッタリングターゲット。
【請求項9】
請求項2に記載のAl合金膜の形成に用いられるAl合金スパッタリングターゲットであって、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(X元素)を0.1〜2.0原子%含むと共に、希土類元素、Cu、Ge、Hf、Mg、Mn、Ti、Zn、およびZrよりなる群から選択される少なくとも1種の元素(Z元素)を0.1原子%以上含み、かつ前記X元素とZ元素の合計量が10原子%以下で、残部がAlおよび不可避不純物であることを特徴とするAl合金スパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−239112(P2010−239112A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270174(P2009−270174)
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】