説明

作業機

【課題】安価で制御性に優れる無段変速機構を備えた作業機を提供する。
【解決手段】田植機1は、エンジン2と、電動モータ22と、差動装置23と、後車輪21と、制御部と、を備えている。差動装置23は、エンジン2の出力と電動モータ22の出力との差動動力を後車輪21に出力する。制御部は、電動モータ22の回転速度を制御する。また、エンジン2の出力は略一定とされる。そして、車体の前進時において、制御部はエンジン2の駆動力を打ち消す方向にのみ電動モータ22を回転駆動することで、後車輪21への出力の変速を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業機に関する。詳細には、作業機が備える無段変速機構に関する。
【背景技術】
【0002】
田植機、トラクタなどの作業機においては、圃場内をスムーズに走行させるため、エンジンの出力を無段階に変速して走行可能であることが好ましい。また、特に田植機においては、搭載した苗マットが崩れないようにするために、畦越えの際のゼロ発進(停止状態から発進すること)をスムーズに行えることが要求される。
【0003】
このような要望を満たす作業機として、HMT(油圧−機械式変速機)を変速装置として備えた作業機が知られている。このHMTは、遊星歯車式の差動装置と、HST(静油圧式無段変速機)と、を備えている。エンジンの出力は、差動装置及びHSTに入力される。そして、HSTからの出力が差動装置に入力され、エンジンの出力と合成されて車輪に伝達される。即ち、エンジンからの直接の出力と、HSTによって変速されたエンジンの出力と、の差動動力が差動装置で取り出されて、車輪を駆動するように構成されている。HSTは無段変速が可能であるから、上記の構成によってエンジンの出力を無段階に変速することが可能である。
【0004】
具体的には、エンジンの出力をHSTの出力によって打ち消すように当該HSTの回転速度を設定することで、エンジンの回転を減速することができる。また、HSTの回転を停止させると、エンジンの回転駆動力のみで車体を効率良く走行させることができる。以上のように、エンジンの出力とHSTの出力との差動動力によって車輪を駆動することにより、低速走行から高速走行まで無段階に走行速度を変速することが可能となっている。
【0005】
一方、特許文献1は、電動モータと、遊星歯車式の差動装置と、を備え、エンジンと電動モータの差動動力が差動装置で取り出されて走行装置に供給される作業車両を開示する。特許文献1は、エンジンとモータを併用することにより、無段変速を容易かつ低コストで実現できるとする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−199755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記のHMTを備えた構成では、変速装置の中立(ニュートラル)範囲が無く、車体を完全に停止させるにはエンジンの回転をHSTの回転で完全に打ち消す必要がある。しかし、HSTは油圧を利用しているために微調整が難しく、車体を完全に停止させることができずにクリープ(停止時に車体が微速走行すること)が発生してしまうことがあった。また、上記HMTを備えた構成においては、高速走行時以外は常にHSTを駆動させなければならないためにエンジンの負荷が大きく、エンジンのサイズを大型化せざるを得ないという問題もあった。
【0008】
一方、上記特許文献1では、エンジンの回転を増速させる方向に電動モータを駆動することが可能となっているので、大型のモータが必要となり、コストアップにつながると考えられる。
【0009】
本願発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その主要な目的は、安価で制御性に優れる無段変速機構を備えた作業機を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0010】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0011】
本発明の観点によれば、以下の構成の作業機が提供される。即ち、この作業機は、エンジンと、電動モータと、差動装置と、走行装置と、制御部と、を備える。前記差動装置は、前記エンジンの出力と前記電動モータの出力との差動動力を前記走行装置に出力する。前記制御部は、前記電動モータの回転速度を制御する。また、前記エンジンの出力は略一定とされる。そして、車体の前進時において、前記制御部は、前記エンジンの駆動力を打ち消す方向にのみ前記電動モータを回転駆動することで、前記走行装置への出力の変速を行う。
【0012】
これにより、電動モータの回転速度を変更することによって、エンジンの出力の変速機構を設けることなく、走行速度の無段階変速を容易かつ安価に実現することができる。また、エンジンを常に効率の良い回転速度で駆動させ続けることができるので、設計を最適化することができ、エンジンを小型化して製造コストを抑えることができる。また、電動モータは回転速度の細かい制御が可能であるので、エンジンの駆動を完全に打ち消して車体を停止させる制御や、停止状態からスムーズに発進する制御も容易である。更に、エンジンの駆動力を打ち消す方向にのみ前記電動モータを回転駆動するので、モータの駆動力で積極的に車体を動かす構成に比べて小型のモータを用いることができ、この点でもコストを低減することができる。
【0013】
上記の作業機は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、前記走行装置は車体の左右それぞれに互いに対応するように配置される。前記電動モータは、前記走行装置に対応して車体の左右それぞれに設けられる。また、前記差動装置は、前記電動モータに対応して車体の左右それぞれに設けられる。
【0014】
これにより、左右の走行装置それぞれに対応して電動モータが備えられるので、きめ細かい制御が可能になる。また単一のモータで左右両方の走行装置を変速する場合に比べて、作業機に必要とされる走行性を低トルクの安価なモータで確保することができる。
【0015】
上記の作業機は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この作業機は、操向操作具と、変速操作具と、を備える。前記制御部は、前記操向操作具の中立位置からの操作量が大きくなるのに応じて、対応する側の電動モータの回転速度を増速する。また、前記制御部は、前記変速操作具の操作量に応じて、前記車体の左右に設けられた電動モータの回転速度を変更する。
【0016】
これにより、操向操作時(車体の旋回時)において、旋回方向に対応する側の走行装置を減速させることができるので、スムーズな旋回動作が可能となる。また、変速操作具と電動モータの回転速度を連動させることにより、自然な操作で無段階の変速を行うことができる。
【0017】
上記の作業機は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この作業機は、前記電動モータのトルクを検出するトルク検出部を有する。前記制御部は、前記電動モータのトルクが低下した場合に当該電動モータの回転速度を増速する。
【0018】
これにより、走行装置にスリップが発生した場合に、走行装置の速度を低下させてスリップから回復することができる。
【0019】
上記の作業機は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、前記差動装置は遊星ギア式の差動装置である。そして、当該差動装置が備えるサンギア、プラネタリキャリア及びリングギアのそれぞれに対して、前記エンジン、前記電動モータ及び前記走行装置のうち何れかが1つずつ接続される。
【0020】
これにより、エンジンと電動モータの出力の差を走行装置に出力することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本実施形態に係る田植機の基本的な構成を示す右側面図。
【図2】田植機の駆動力伝達機構を示す模式的なスケルトン図。
【図3】田植機の機能的な構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本実施形態に係る田植機の基本的な構成を示す右側面図である。
【0023】
図1に示すように、本実施形態の作業機としての田植機1は、エンジン2と、運転座席3と、操作部4と、前車輪20と、後車輪21と、植付部6と、を備えた車体を有している。
【0024】
エンジン2は、一般的なガソリンエンジンとして構成されているが、例えばディーゼルエンジンとして構成されていても良い。このエンジン2から図略のPTO軸(動力取出し軸)によって駆動力が取り出され、図略の植付変速部によって変速された後、植付部6に伝達されることにより、当該植付部6を駆動することができる。また、エンジン2からの駆動力が後述の駆動力伝達機構を介して車輪20,21に伝達されることにより、田植機1の車体を走行させることができる。
【0025】
植付部6は、左右に往復摺動可能な苗載台7と、上下昇降可能に構成された植付爪8を有する植付機構と、を備えている。植付部6は、苗載台7に苗マットを載置して田植機1が圃場を走行することにより、苗マットから植付爪8によって苗を1株ずつ取り出して植え付ける植付動作を連続的に行うことができるように構成されている。
【0026】
走行装置としての前車輪20及び後車輪21は、それぞれ車体の左右に対になって設けられている(従って、田植機1は計4つの車輪を有する)。また、田植機1は四輪駆動式とされ、駆動力が各車輪に伝えられるように構成されている。
【0027】
操作部4は、操向ハンドル10と、アクセルレバー11と、変速レバー12と、を備える。
【0028】
操向ハンドル10は、ステアリングホイール式の操向操作具として構成され、左右に回転させることができるように構成されている。田植機1のオペレータは、この操向ハンドル10を回転操作することにより、前車輪20の切れ角を変更して田植機1を旋回させることができる。
【0029】
アクセルレバー11は前後に回動可能に構成され、当該アクセルレバー11の回動量に応じてエンジン2の回転数を変更可能に構成されている。これにより、例えば非作業時においてはエンジン2を低速回転数で回転させることで、騒音と燃費を削減することができる。なお、作業時においては、植付部6を安定して駆動させることが可能な定格回転数でエンジン2を回転させるため、アクセルレバー11の位置は前記定格回転数の位置に固定しておく。このため、車体の走行速度を変更する操作は変速レバー12によって行う。
【0030】
変速レバー(変速操作具)12は前後に回動可能に構成され、当該変速レバー12の回動量に応じて車体の走行速度を変更可能に構成されている。例えば変速レバー12をオペレータから見て最も奥まで回動させると田植機1が最高速で走行し、変速レバー12をニュートラル位置に回動させると田植機1の走行が停止する。変速レバー12は操作位置を無段階に調整できるように構成されており、田植機1のオペレータは、変速レバー12の回動量を調整する操作により、田植機1の走行速度を無段階に調整することができる。
【0031】
次に、図2を参照して、エンジン2からの駆動力を変速して各車輪に伝達するための構成について説明する。図2は、田植機1の駆動力伝達機構を示す模式的なスケルトン図である。なお、図2は駆動力伝達機構の要部のみを示す簡略化された図であり、駆動力伝達機構の説明に不要なギアやプーリ等は省略して描かれている場合がある。また、植付部6に対して駆動力を出力するPTO軸及び植付変速部等は省略されている。なお、以下の説明で、車体の左右に対応する構成がある場合には、その構成の符号の末尾にL(左側)又はR(右側)を付して左右の区別を示すものとする。また、特に左右の区別を示す必要が無い場合は、符号にL又はRを付さずに説明する。
【0032】
図2に示すように、田植機1は、2つの電動モータ22と、ジェネレータ(発電機)24と、を備えている。各電動モータ22は、車体の左右で対をなすように設けられており、図略のバッテリから電力の供給を受けて回転することができる。一方、ジェネレータ24はエンジン2の回転軸に接続されており、当該回転軸の回転によって発電して、前記バッテリを充電するように構成されている。
【0033】
また、図2に示すように、エンジン2から後車輪21までの駆動力伝達経路の間には、差動装置23が設けられている。この差動装置23は遊星歯車式の差動歯車とされ、サンギア25と、プラネタリギア26を回転自在に支持するプラネタリキャリア27と、リングギア28と、を備えた公知の構成である。この差動装置23は車体の左右で対になって設けられており、左側の差動装置23Lには左後車輪21Lと左側の電動モータ22Lが、右側の差動装置23Rには右後車輪21Rと右側の電動モータ22Rが、それぞれ接続されている。そして、この差動装置23において、エンジン2の出力と電動モータ22の出力とが合成され、当該合成された駆動力が後車輪21に伝達されるようになっている。
【0034】
具体的には以下のとおりである。即ち、エンジン出力軸30から出力されるエンジン2の駆動力は、複数のギア及びシャフトを介してプラネタリキャリア27に入力され、当該プラネタリキャリア27を回転駆動する。プラネタリキャリア27が回転駆動されることによって、プラネタリギア26がサンギア25の周囲を周回する。一方、電動モータ22からの駆動力は、モータ出力軸33を介してサンギア25に入力され、当該サンギア25を回転駆動する。そして、プラネタリギア26からリングギア28に駆動力が伝達され、リングギア28が回転する。リングギア28の回転軸には車軸34が接続されており、この車軸34が後車輪21に接続されている。
【0035】
以上の構成で、エンジン2からの回転駆動力と、電動モータ22からの回転駆動力と、の差動動力が差動装置23において取り出され、この差動動力が車軸34に出力される。例えば、電動モータ22がエンジン2の回転を打ち消すように回転することにより、電動モータ22の回転分だけエンジン2の回転が減速されて、後車輪21に出力される。電動モータ22の回転速度は無段階に変速可能に構成されており、これによってエンジン2の回転を無段階に変速(減速)して後車輪21に伝達することができる。
【0036】
次に、本実施形態の田植機1の走行速度を制御するための構成について説明する。図3は田植機1の機能的な構成を示すブロック図である。図中において、実線の矢印は電気的な接続を、点線の矢印は機械的な接続を示す。なお、図3において図示を簡潔にするため、差動装置23、後車輪21、車軸センサ51、及びトルク検出部54等は1つずつ描かれているが、実際にはこれらは図2に示したように左右の対で配置されるものである。
【0037】
図3に示すように、田植機1は、車軸センサ51と、レバーセンサ52と、制御部40と、エンジンコントローラ41と、モータドライバ42と、スリップ率推定部43と、を備えている。
【0038】
図2に示すように、車軸センサ51L,51Rは、車軸34L,34Rの近傍にそれぞれ設けられている。車軸センサ51Lは車軸34Lの回転速度を、車軸センサ51Rは車軸34Rの回転速度を、それぞれ検出するように構成されている。レバーセンサ52は、変速レバー12の回動量(操作量)を検出するように構成されている。また、車軸センサ51及びレバーセンサ52の検出値は、制御部40に送信されるように構成されている。
【0039】
制御部40、エンジンコントローラ41、モータドライバ42、スリップ率推定部43は、例えばマイクロプロセッサとして構成されている。そして制御部40等は、CPU、ROM、RAM等のハードウェアとソフトウェアとの協働により、エンジン2及び電動モータ22の制御等を行うように構成されている。
【0040】
エンジンコントローラ41は、アクセルレバー11の回動角に応じてエンジン2の回転速度を制御するとともに、各種センサによってエンジン2の状態を監視するように構成されている。モータドライバ42は、電動モータ22を適切に回転駆動するとともに、各種センサによって電動モータ22の状態を監視するように構成されている。また、エンジンコントローラ41及びモータドライバ42は、制御部40に対してエンジン2及び電動モータ22に関する情報を送信するように構成されている。
【0041】
制御部40は、エンジンコントローラ41、モータドライバ42及び車軸センサ51からの信号に基づいて駆動力(回転速度及びトルク)を推定するとともに、車軸34の回転速度が目標回転速度となるように各電動モータ22に駆動力を配分する。前記目標回転速度は、レバーセンサ52が検出した変速レバー12の回動量に比例して決定される。より具体的には、変速レバー12がニュートラル位置のときは車軸34の回転が停止し、変速レバー12がオペレータから見て最も奥まで回動されているときには最高速で車軸34が回転するように、当該車軸の目標回転速度が決定される。
【0042】
従って、変速レバー12がニュートラル位置のときは、エンジン2の回転を完全に打ち消すように(即ち、田植機1が完全に停止するように)電動モータ22に駆動力が配分される。電動モータ22はHSTに比べて応答性が良く微調整が容易であるから、(HSTを用いたHMTでは困難だった)車体の完全停止制御を正確に行うことが可能である。また、オペレータがニュートラル位置から変速レバー12を徐々に回動させていくのに応じて、電動モータ22の回転速度を徐々に減少させるように、当該電動モータ22に駆動力が配分される。これにより、停止状態から車体をスムーズに増速することができるので、滑らかなゼロ発進を行うことが可能となる。
【0043】
一方、変速レバー12が奥まで回動されているときには、電動モータ22の回転を停止させ、エンジン2の回転のみで車輪を駆動するように制御する。このように、エンジン2の回転のみで走行している状態が、本実施形態の田植機1の最高速度となる。以上のように、高速走行時にはエンジン2の出力のみで車体を走行させるので、エンジン2の駆動力を効率良く車輪に伝えて十分な駆動力で車体を走行させることが可能となるとともに、バッテリを充電することができる。従って、エンジン2及び電動モータ22を効率的に使用できるとともに、燃費向上も実現することができる。
【0044】
また、本実施形態では、エンジン2の回転を減速する方向にのみ、電動モータ22の駆動力を利用している。即ち、仮にエンジン2の回転を更に増速する方向に電動モータ22を回転させようとすると、車体の走行抵抗等の一部を電動モータ22が負担する必要があるため、大トルクが必要となり、電動モータ22が大型化してしまう。この点、本実施形態のように構成することにより、電動モータ22を小型化してコストを削減することができる。
【0045】
また、本実施形態では、上記のように電動モータ22を2つ設けている。即ち、2つの電動モータを用いてエンジン2の出力を変速しているので、1つの電動モータのみでエンジン2の出力を変速する構成と比べて、それぞれの電動モータを小型化することができる。これにより、更にコストを削減することができている。
【0046】
ところで、本実施形態の田植機1においては、上記のように後車輪21L,21Rのそれぞれに電動モータ22L,22Rを設けているので、左右の後車輪21L,21Rの回転速度を個別に制御することが可能である。この点に着目し、本実施形態では、以下のように旋回時とスリップ発生時に車輪の回転を減速させる処理を行っている。
【0047】
まず、旋回時の車輪の減速制御について説明する。例えば、田植機においては、畦の近傍で急旋回を行って、次の条合わせを行う必要がある。このような急旋回をスムーズに行うため、従来、田植機、トラクタなど、4輪駆動式の作業機においては、内輪側の後輪への動力伝達をクラッチで切断することができるように構成されていた。しかし、このような構成では、内輪側の後輪の回転速度を任意に調整することが困難であるため、急旋回以外の旋回動作をスムーズに行うことができず、また、圃場を荒らす原因ともなり得る。そこで本実施形態では、旋回時に、操向ハンドル10の操作量に応じて内側の後車輪を減速することで、急旋回以外でもスムーズな旋回を実現している。具体的には以下のとおりである。
【0048】
図3に示すように、田植機1はハンドルセンサ53を有している。ハンドルセンサ53は、操向ハンドル10の回転角(操作量、ハンドル切れ角)を検出するように構成されている。また、ハンドルセンサ53の検出値は、制御部40に送信されるように構成されている。
【0049】
制御部40は、ハンドルセンサ53が検出した操向ハンドル10の回転角に比例して、内輪側の後車輪21を減速制御する。例えば、オペレータが操向ハンドル10を右に回転させると、制御部40は、変速レバー12の回動量に基づいて決定した右側の車軸34Rの回転速度を、当該操向ハンドル10の回転角に比例した割合で減速させる(即ち、右側の電動モータ22Rの回転速度を操向ハンドル10回転角に比例した割合で増速するように制御する)。
【0050】
これにより、内輪側の車輪である右後車輪21Rの回転速度を車体の旋回量に対応して減速させることができるので、旋回性が向上するとともに、圃場を荒らしにくくなる。左側に旋回する場合も同様に、左側の電動モータ22Lの回転速度を操向ハンドル10の回転角に比例した割合で増速するように制御することで、スムーズな旋回を実現することができる。
【0051】
次に、スリップの発生時に車輪の回転を減速させる制御(トラクション制御)について説明する。
【0052】
図2に示すように、田植機1は、トルク検出部54L,54Rを備えている。トルク検出部54L,54Rは、電動モータ22L,22Rのトルクをそれぞれ検出するように構成されている。そして、トルク検出部54の検出値は、制御部40及びスリップ率推定部43に送信されるように構成されている。
【0053】
スリップ率推定部43は、車軸センサ51が検出した車軸の回転速度、トルク検出部54が検出した電動モータ22のトルク、及び予め記憶してある田植機1の車両モデル(車体重量等のデータ)に基づいて、路面と車輪との間の摩擦係数μ、及びスリップ率を推定している。また、スリップ率推定部が推定したスリップ率は、制御部40に送信されるように構成されている。
【0054】
制御部40は、トルク検出部54の検出値を監視している。そして、トルク検出部54が検出する電動モータ22のトルクが急激に軽くなった場合には、当該トルクが軽くなった側の後車輪21にスリップが発生したと判断する。制御部40は、スリップの発生を検出すると、スリップが発生した側の後車輪21を減速してスリップ率を所定範囲内に収めるべく、対応する電動モータ22の回転速度を増速させる。これにより、スリップによって車輪が空転することを防止できるので、走破性が向上するとともに圃場を荒らしにくくなる。なお、このようなトラクション制御は、HSTを用いていたHMT式の変速装置では困難であったが、応答性と制御性に優れる電動モータ22を左右の車輪に備え、左右の車輪を個別に減速制御できる本実施形態の特徴により初めて可能となったものである。
【0055】
以上で説明したように、本実施形態の田植機1は、エンジン2と、電動モータ22と、差動装置23と、後車輪21と、制御部40と、を備えている。差動装置23は、エンジン2の出力と電動モータ22の出力との差動動力を後車輪21に出力する。制御部40は、電動モータ22の回転速度を制御する。また、エンジン2の出力は略一定とされる。そして、車体の前進時において、制御部40は、エンジン2の駆動力を打ち消す方向にのみ電動モータ22を回転駆動することで、後車輪21への出力の変速を行う。
【0056】
これにより、電動モータ22の回転速度を変更することによって、エンジン2の出力の変速機構を設けることなく、走行速度の無段階変速を容易かつ安価に実現することができる。また、エンジン2を常に効率の良い回転速度で駆動させ続けることができるので、設計を最適化することができ、エンジン2を小型化して製造コストを抑えることができる。また、電動モータ22は回転速度の細かい制御が可能であるので、エンジン2の駆動を完全に打ち消して車体を停止させる制御や、停止状態からスムーズに発進する制御も容易である。更に、エンジン2の駆動力を打ち消す方向にのみ前記電動モータ22を回転駆動するので、電動モータの駆動力で積極的に車体を動かす構成に比べて小型のモータを用いることができ、この点でもコストを低減することができる。
【0057】
また、本実施形態の田植機1においては、後車輪21L,21Rは車体の左右それぞれに互いに対応するように配置される。電動モータ22L,22Rは、後車輪21L,21Rに対応して車体の左右それぞれに設けられる。また、差動装置23L,23Rは、電動モータ22L,22Rに対応して車体の左右それぞれに設けられる。
【0058】
これにより、左右の後車輪21L,21Rそれぞれに対応して電動モータ22L,22Rが備えられるので、きめ細かい制御が可能になる。また単一のモータで左右両方の後車輪を変速する場合に比べて、作業機に必要とされる走行性を低トルクの安価なモータで確保することができる。
【0059】
また、本実施形態の田植機1は、操向ハンドル10と、変速レバー12と、を備える。制御部40は、操向ハンドル10の中立位置からの左右の操作量が大きくなるのに応じて、対応する側の電動モータ22の回転速度を増速する。また、制御部40は、変速レバー12の操作量に応じて、車体の左右に設けられた電動モータ22の回転速度を変更する。
【0060】
これにより、操向操作時(車体の旋回時)において、旋回方向に対応する側の後車輪21を減速させることができるので、スムーズな旋回動作が可能となる。また、変速レバー12と電動モータ22の回転速度を連動させることにより、自然な操作で無段階の変速を行うことができる。
【0061】
また、本実施形態の田植機1は、電動モータ22L,22Rのトルクを検出するトルク検出部54L,54Rを有する。制御部40は、電動モータ22のトルクが低下した場合に当該電動モータ22の回転速度を増速する。
【0062】
これにより、後車輪21にスリップが発生した場合に、後車輪21の速度を低下させてスリップから回復することができる。
【0063】
また、本実施形態の田植機1において、差動装置23は遊星ギア式の差動装置とされている。そして、当該差動装置23が備えるサンギア25に対しては電動モータ22の駆動力が入力され、プラネタリキャリア27に対してはエンジン2の駆動力が入力され、リングギア28に対しては後車輪21が接続されている。
【0064】
これにより、エンジン2と電動モータ22の出力の差を後車輪21に出力することができる。
【0065】
以上に本発明の好適な実施の形態について説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
【0066】
上記実施形態では左右の後車輪21に対応して差動装置23と電動モータ22が設けられているが、差動装置23及び電動モータ22は1つのみでも良い。例えば、エンジン出力軸30に差動装置23を直接接続して電動モータ22によって変速させ、変速された駆動力を各車輪に配分するように構成しても、車体の走行速度を無段階に変速することが可能である。ただし、上記実施形態のように各車輪に対応して差動装置23と電動モータ22を設け、複数のモータによってエンジンの出力を変速する構成の方が、小型のモータを適用できる余地が大きくなるので好ましい。また、複数のモータを用いて左右個別に変速する構成は、旋回時及びスリップ発生時に車輪を個別に減速する制御が可能になる点でも有利である。
【0067】
また、後車輪21L,21Rに対してのみでなく、4輪全てに対してそれぞれ差動装置23と電動モータ22を設けても良い。このように構成した場合は、旋回時及びスリップ発生時に、全ての車輪を個別に減速する制御が可能になるという観点から好ましい。
【0068】
操向操作具はステアリングホイール式のものに限らず、例えば左右に回動可能なレバー式の操向操作具でも良い。この場合は、レバーの回動角に比例して内輪側の車輪を減速するように制御することが考えられる。また、変速操作具もレバー式のものに限らず、例えばペダル式の変速操作具でも良い。
【0069】
エンジン2と差動装置23との間に、前進/後進等を切り替えるための副変速装置が設けられていても良い。
【0070】
差動装置は遊星ギア式のものに限らず、他の構成の差動装置でも良いのは勿論である。
【0071】
また、遊星ギア式の差動装置においては、エンジン2からの駆動力、電動モータ22からの駆動力及び車軸34への出力は、サンギア25、プラネタリキャリア27及びリングギア28の何れに接続されていても良い。
【0072】
制御部40、エンジンコントローラ41、モータドライバ42、スリップ率推定部43等は、別々の構成とするのではなく、例えば1つのマイクロプロセッサによって、制御部40、エンジンコントローラ41、モータドライバ42、スリップ率推定部43としての機能を実現しても良い。
【0073】
本発明の構成は、田植機に限らず、例えばトラクタや除雪機など、他の作業機にも適用することができる。また、車輪式の走行装置を備えた作業機に限らず、例えばクローラ式の走行装置を備えた作業機であっても良い。
【符号の説明】
【0074】
1 田植機(作業機)
2 エンジン
10 操向ハンドル(操向操作具)
12 変速レバー(変速操作具)
21 後車輪(走行装置)
22 電動モータ
23 差動装置
54 トルク検出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、
電動モータと、
走行装置と、
前記エンジンの出力と前記電動モータの出力との差動動力を前記走行装置に出力する差動装置と、
前記電動モータの回転速度を制御する制御部と、
を備え、
前記エンジンの出力は略一定とされ、
車体の前進時において、前記制御部は、前記エンジンの駆動力を打ち消す方向にのみ前記電動モータを回転駆動することで、前記走行装置への出力の変速を行うことを特徴とする作業機。
【請求項2】
請求項1に記載の作業機であって、
前記走行装置は車体の左右それぞれに互いに対応するように配置され、
前記電動モータは、前記走行装置に対応して車体の左右それぞれに設けられ、
前記差動装置は、前記電動モータに対応して車体の左右それぞれに設けられていることを特徴とする作業機。
【請求項3】
請求項2に記載の作業機であって、
操向操作具と、
変速操作具と、
を備え、
前記制御部は、前記操向操作具の中立位置からの操作量が大きくなるのに応じて、対応する側の電動モータの回転速度を増速するように制御するとともに、
前記制御部は、前記変速操作具の操作量に応じて、前記車体の左右に設けられた電動モータの回転速度を変更することを特徴とする作業機。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の作業機であって、
前記電動モータのトルクを検出するトルク検出部を有し、
前記制御部は、前記電動モータのトルクが低下した場合に当該電動モータの回転速度を増速することを特徴とする作業機。
【請求項5】
請求項1から4までの何れか一項に記載の作業機であって、
前記差動装置は遊星ギア式の差動装置であり、
当該差動装置が備えるサンギア、プラネタリキャリア及びリングギアのそれぞれに対して、前記エンジン、前記電動モータ及び前記走行装置のうち何れかが1つずつ接続されていることを特徴とする作業機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−209990(P2010−209990A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−55733(P2009−55733)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(000006781)ヤンマー株式会社 (3,810)
【Fターム(参考)】