説明

車両のトラクション制御装置

【課題】 駆動系のイナーシャ変化によらず安定したトラクション制御を達成可能な車両のトラクション制御装置を提供すること。
【解決手段】 トラクション制御装置において、トルク制御手段により駆動輪から路面に伝達される駆動力を所定量低下させるときに、動力源と駆動輪とを接続/解放するクラッチ要素の伝達トルク容量に応じて駆動力を低下させることとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動輪の加速スリップ時に、駆動輪から路面に伝達される駆動力を低下させる車両のトラクション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のトラクション制御装置として特許文献1の技術が開示されている。この公報には、加速時に駆動輪のスリップが検出されたときは、エンジン及びモータジェネレータによりトルクダウンを行うことで、加速スリップを抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−274268号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、動力源であるエンジン又はモータジェネレータと駆動輪との間を接続/解放するクラッチ要素の締結状態によって、回転に関与する駆動系のイナーシャが変わるため、同じトルクダウン制御を行ったとしても、実際の加速スリップ収束特性が変わってしまい、運転者に違和感を与えるおそれがあった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、駆動系のイナーシャ変化によらず安定したトラクション制御を達成可能な車両のトラクション制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明では、トルク制御手段により駆動輪から路面に伝達される駆動力を所定量低下させるときに、動力源と駆動輪とを断接するクラッチ要素の伝達トルク容量に応じて駆動力を低下させることとした。
【発明の効果】
【0007】
よって、本発明の車両のトラクション制御装置にあっては、クラッチ要素の伝達トルク容量によって駆動系のイナーシャが変化したとしても、クラッチ要素の伝達トルク容量に応じて駆動輪から路面に伝達される駆動力を低下させるため、安定したトラクション制御を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の後輪駆動のハイブリッド車両を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の統合コントローラにおける演算処理プログラムを示す制御ブロック図である。
【図3】図2の目標駆動力演算部にて目標駆動力演算に用いられる目標駆動力マップの一例を示す図である。
【図4】図2の目標充放電演算部にて目標充放電電力の演算に用いられる目標充放電量マップの一例を示す図である。
【図5】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられる通常モードマップを示す図である。
【図6】実施例1の自動変速機のパワートレーンを示すスケルトン図である。
【図7】実施例1のクラッチ・ブレーキの締結作動表を示す図である。
【図8】実施例1の自動変速機の回転要素の関係を表す共線図である。
【図9】実施例1のハイブリッド車両において第1速を達成するときの共線図である。
【図10】実施例1のハイブリッド車両においては第2速を達成するときの共線図である。
【図11】実施例1のTCS制御処理を表す制御ブロック図である。
【図12】実施例1のTCS制御処理を表すフローチャートである。
【図13】実施例1のクラッチの締結関係と各制御ゲインの関係、及び変速段と制御ゲインとの関係を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の車両のトラクション制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、ハイブリッド車両の駆動系構成を説明する。図1は実施例1のエンジン始動制御装置が適用された後輪駆動によるハイブリッド車両を示す全体システム図である。実施例1におけるハイブリッド車の駆動系は、図1に示すように、エンジンEと、第1クラッチCL1(エンジンクラッチ)と、モータジェネレータMGと、第2クラッチCL2(発進クラッチ)と、自動変速機ATと、プロペラシャフトPSと、ディファレンシャルDFと、左ドライブシャフトDSLと、右ドライブシャフトDSRと、左後輪RL(駆動輪)と、右後輪RR(駆動輪)と、を有する。尚、FLは左前輪、FRは右前輪である。
【0011】
エンジンEは、例えばガソリンエンジンであり、後述するエンジンコントローラ1からの制御指令に基づいて、スロットルバルブのバルブ開度等が制御される。尚、エンジン出力軸にはフライホイールFWが設けられている。
【0012】
第1クラッチCL1は、エンジンクラッチとして、エンジンEとモータジェネレータMGとの間に介装されたクラッチであり、後述する第1クラッチコントローラ5からの制御指令に基づいて、第1クラッチ油圧ユニット6により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0013】
モータジェネレータMGは、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータジェネレータであり、後述するモータコントローラ2からの制御指令に基づいて、インバータ3により作り出された三相交流を印加することにより制御される。このモータジェネレータMGは、バッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動する電動機として動作することもできるし(以下、この状態を「力行」と呼ぶ)、ロータが外力により回転している場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能してバッテリ4を充電することもできる(以下、この動作状態を「回生」と呼ぶ)。尚、このモータジェネレータMGのロータは、図外のダンパーを介して自動変速機ATの入力軸に連結されている。
【0014】
第2クラッチCL2は、発進クラッチとして、モータジェネレータMGと左右後輪RL,RRとの間に介装されたクラッチであり、後述するATコントローラ7からの制御指令に基づいて、第2クラッチ油圧ユニット8により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0015】
自動変速機ATは、前進5速後退1速等の有段階の変速比を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り換える変速機であり、第2クラッチCL2は、専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機ATの各変速段にて締結される複数の摩擦締結要素のうち、いくつかの摩擦締結要素を流用している。尚、詳細については後述する。
【0016】
そして、自動変速機ATの出力軸は、車両駆動軸としてのプロペラシャフトPS、ディファレンシャルDF、左ドライブシャフトDSL、右ドライブシャフトDSRを介して左右後輪RL,RRに連結されている。尚、前記第1クラッチCL1と第2クラッチCL2には、例えば、比例ソレノイドで油流量および油圧を連続的に制御できる湿式多板クラッチを用いている。
【0017】
このハイブリッド駆動系には、第1クラッチCL1及び第2クラッチCL2の締結・開放状態に応じて3つの走行モードを有する。第1走行モードは、第1クラッチCL1の開放状態で、モータジェネレータMGの動力のみを動力源として走行するモータ使用走行モードとしての電気自動車走行モード(以下、「EV走行モード」と略称する。)である。第2走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用走行モード(以下、「HEV走行モード」と略称する。)である。第3走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSC走行モード」と略称する。)である。このモードは、特にバッテリSOCが低いときやエンジン水温が低いときに、クリープ走行を達成可能なモードである。尚、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときは、第1クラッチCL1を締結し、モータジェネレータMGのトルクを用いてエンジン始動を行う。
【0018】
また、路面勾配が所定値以上における上り坂等で、運転者がアクセルペダルを調整し車両停止状態を維持するアクセルヒルホールドが行われるような場合、WSC走行モードでは、第2クラッチCL2のスリップ量が過多の状態が継続されるおそれがある。エンジンEの回転数をアイドル回転数より小さくすることができないからである。そこで、実施例1では、エンジンEを作動させたまま、第1クラッチCL1を解放し、モータジェネレータMG1を作動させつつ第2クラッチCL2をスリップ制御させ、モータジェネレータMGを動力源として走行するモータスリップ走行モード(以下、「MWSC走行モード」と略称する)を更に備える。
【0019】
上記「HEV走行モード」には、「エンジン走行モード」と「モータアシスト走行モード」と「走行発電モード」との3つの走行モードを有する。
【0020】
「エンジン走行モード」は、エンジンEのみを動力源として駆動輪を動かす。「モータアシスト走行モード」は、エンジンEとモータジェネレータMGの2つを動力源として駆動輪を動かす。「走行発電モード」は、エンジンEを動力源として駆動輪RR,RLを動かすと同時に、モータジェネレータMGを発電機として機能させる。
【0021】
定速運転時や加速運転時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる。また、減速運転時は、制動エネルギを回生してモータジェネレータMGにより発電し、バッテリ4の充電のために使用する。また、更なるモードとして、車両停止時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる発電モードを有する。
【0022】
ハイブリッド車両の制動系の構成を説明する。4つの車輪RL,RR,FL,FRのそれぞれに、ブレーキディスク901、油圧式のブレーキアクチュエータ902が設けられ、更に、4輪に対応して、ブレーキユニット900は、各ブレーキアクチュエータ902に油圧を供給することにより、制動力を発生させる。
【0023】
次に、ハイブリッド車両の制御系を説明する。実施例1におけるハイブリッド車両の制御系は、図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、インバータ3と、バッテリ4と、第1クラッチコントローラ5と、第1クラッチ油圧ユニット6と、ATコントローラ7と、第2クラッチ油圧ユニット8と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10と、を有して構成されている。尚、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、第1クラッチコントローラ5と、ATコントローラ7と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10とは、互いの情報交換が可能なCAN通信線11を介して接続されている。
【0024】
エンジンコントローラ1は、エンジン回転数センサ12からのエンジン回転数情報を入力し、統合コントローラ10からの目標エンジントルク指令等に応じ、エンジン動作点(Ne:エンジン回転数,Te:エンジントルク)を制御する指令を、例えば、スロットルバルブアクチュエータE1へ出力する。
【0025】
ここで、エンジンコントローラ1は、スロットルバルブアクチュエータE1に限らず、例えば、吸気側もしくは排気側のバルブタイミングを変更可能な可変バルブタイミングアクチュエータや、バルブのリフト量を変更可能なバルブリフト量可変アクチュエータや、燃料噴射に使用するインジェクターや、プラグ点火タイミング変更アクチュエータ等に対して指令を出力してもよい。尚、エンジン回転数Ne等の情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0026】
モータコントローラ2は、モータジェネレータMGのロータ回転位置を検出するレゾルバ13からの情報を入力し、統合コントローラ10からの目標モータジェネレータトルク指令等に応じ、モータジェネレータMGのモータ動作点(Nm:モータジェネレータ回転数,Tm:モータジェネレータトルク)を制御する指令をインバータ3へ出力する。尚、このモータコントローラ2では、バッテリ4の充電状態を表すバッテリSOCを監視していて、バッテリSOC情報は、モータジェネレータMGの制御情報に用いると共に、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0027】
第1クラッチコントローラ5は、第1クラッチ油圧センサ14と第1クラッチストロークセンサ15からのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第1クラッチ制御指令に応じ、第1クラッチCL1の締結・開放を制御する指令を第1クラッチ油圧ユニット6に出力する。尚、第1クラッチストロークC1Sの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0028】
ATコントローラ7は、アクセル開度センサ16と車速センサ17と第2クラッチ油圧センサ18と運転者の操作するシフトレバーの位置に応じた信号を出力するインヒビタスイッチからのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第2クラッチ制御指令に応じ、第2クラッチCL2の締結・開放を制御する指令をAT油圧コントロールバルブ内の第2クラッチ油圧ユニット8に出力する。尚、アクセルペダル開度APOと車速VSPとインヒビタスイッチの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0029】
ブレーキコントローラ9は、4輪のブレーキアクチュエータ902を制御する指令を4輪のブレーキユニット900に出力して、4輪の制動力を各々制御する。具体的には、4輪の各車輪速を検出する車輪速センサ19とブレーキストロークセンサ20からのセンサ情報を入力し、例えば、ブレーキ踏み込み制動時、ブレーキストロークBSから求められる要求制動力に対し回生制動力だけでは不足する場合、その不足分を機械制動力(摩擦ブレーキによる制動力)で補うように、統合コントローラ10からの回生協調制御指令に基づいて回生協調ブレーキ制御を行う。
【0030】
統合コントローラ10は、車両全体の消費エネルギを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、モータ回転数Nmを検出するモータ回転数センサ21と、第2クラッチ出力回転数N2outを検出する第2クラッチ出力回転数センサ22と、第2クラッチ伝達トルク容量TCL2を検出する第2クラッチトルクセンサ23と、ブレーキ油圧センサ24と、第2クラッチCL2の温度を検知する温度センサ10aと、前後加速度を検出するGセンサ10bからの情報およびCAN通信線11を介して得られた情報を入力する。
【0031】
また、統合コントローラ10は、エンジンコントローラ1への制御指令によるエンジンEの動作制御と、モータコントローラ2への制御指令によるモータジェネレータMGの動作制御と、第1クラッチコントローラ5への制御指令による第1クラッチCL1の締結・開放制御と、ATコントローラ7への制御指令による第2クラッチCL2の締結・開放制御と、を行う。
【0032】
また、統合コントローラ10内には、所謂トラクション・コントロール制御を行うTCS制御部101(トルク制御手段)を有する。具体的には、このTCS制御部101は、車輪速センサ19により検出された駆動輪である左右後輪RL,RRの車輪速に基づいて駆動輪に加速スリップが発生したか否かを検出し、加速スリップが発生したときは、加速スリップを抑制するように左右後輪RL,RRから路面に伝達される駆動力を所定量低下させる。
【0033】
左右後輪RL,RRから路面に伝達される駆動力を低下させるためには、動力源であるエンジンE及びモータジェネレータMGのトルクを低下させることと、これに加えて、ブレーキアクチュエータ902を動作させて左右後輪RL,RRに制動力を加えることとを行う。このTCS制御部101は、加速スリップ量と動力源側制御閾値との関係に基づいて動力源側トルクダウン量(エンジンE及びモータジェネレータMGにおいて実行される)が演算され、加速スリップ量と制動側制御閾値によって行われる制動側トルクダウン量(ブレーキユニット900により実行される)が演算される。
【0034】
具体的には、車輪速フィードバック制御構成によって加速スリップ量が各制御閾値との関係において所定範囲内となるように演算する。このとき、自動変速機ATの変速段情報や、第1及び第2クラッチCL1,CL2の締結状態に応じたフィードバック制御ゲインを設定し、トルクダウン量の演算が行われる。尚、制御の詳細については後述する。
【0035】
そして、エンジンコントローラ1及びモータコントローラ2に対して動力源側トルクダウン量に応じて駆動トルクを低減する指令を出力し、同時にブレーキコントローラ9に対して制動側トルクダウン量に応じて制動トルクを付与する指令を出力する。
【0036】
以下に、図2に示すブロック図を用いて、実施例1の統合コントローラ10にて演算される制御を説明する。例えば、この演算は、制御周期10msec毎に統合コントローラ10で演算される。統合コントローラ10は、目標駆動力演算部100と、モード選択部200と、目標充放電演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を有する。
【0037】
目標駆動力演算部100では、図3に示す目標駆動力マップを用いて、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標駆動力tFoOを演算する。
【0038】
モード選択部200は、車速とアクセルペダル開度APOに基づいて図5に示すモードマップにより走行モードを選択する。図5は通常モードマップを表す。通常モードマップ内には、EV走行モードと、WSC走行モードと、HEV走行モードとを有し、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標モードを演算する。但し、EV走行モードが選択されていたとしても、バッテリSOCが所定値以下であれば、強制的に「HEV走行モード」もしくは「WSC走行モード」を目標モードとする。また、モード選択部200内には、路面の勾配を推定し、推定された路面勾配が所定値以上における上り坂等のときは、WSC走行モードに代えて、MWSC走行モードを選択する。
【0039】
図5の通常モードマップにおいて、HEV→WSC切換線は、所定アクセル開度APO1未満の領域では、自動変速機ATが1速段のときに、エンジンEのアイドル回転数よりも小さな回転数となる下限車速VSP1よりも低い領域に設定されている。また、所定アクセル開度APO1以上の領域では、大きな駆動力を要求されることから、下限車速VSP1よりも高い車速VSP1'領域までWSC走行モードが設定されている。尚、バッテリSOCが低く、EV走行モードを達成できないときには、発進時等であってもWSC走行モードを選択するように構成されている。
【0040】
アクセルペダル開度APOが大きいとき、その要求をアイドル回転数付近のエンジン回転数に対応したエンジントルクとモータジェネレータMGのトルクで達成するのは困難な場合がある。ここで、エンジントルクは、エンジン回転数が上昇すればより多くのトルクを出力できる。このことから、エンジン回転数を引き上げてより大きなトルクを出力させれば、例え下限車速VSP1よりも高い車速までWSC走行モードを実行しても、短時間でWSC走行モードからHEV走行モードに遷移させることができる。この場合が図5に示す下限車速VSP1'まで広げられたWSC領域である。
【0041】
目標充放電演算部300では、図4に示す目標充放電量マップを用いて、バッテリSOCから目標充放電電力tPを演算する。
【0042】
SOC≧50%のときは、図5の通常モードマップにおいてEV走行モード領域が出現する。モードマップ内に一度EV走行モード領域が出現すると、SOCが35%を下回るまでは、この領域は出現し続ける。
【0043】
SOC<35%のときは、図5の通常モードマップにおいてEV走行モード領域が消滅する。モードマップ内からEV走行モード領域が消滅すると、SOCが50%に到達するまでは、この領域は消滅し続ける。
【0044】
動作点指令部400では、アクセルペダル開度APOと、目標駆動力tFoOと、目標モードと、車速VSPと、目標充放電電力tPとから、これらの動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと目標モータジェネレータトルクと目標第2クラッチ伝達トルク容量と自動変速機ATの目標変速段と第1クラッチソレノイド電流指令を演算する。また、動作点指令部400には、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときにエンジンEを始動するエンジン始動制御部が設けられている。
【0045】
変速制御部500では、シフトマップに示すシフトスケジュールに沿って、目標第2クラッチ伝達トルク容量と目標変速段を達成するように自動変速機AT内のソレノイドバルブを駆動制御する。尚、シフトマップは、車速VSPとアクセルペダル開度APOに基づいて予め目標変速段が設定されたものである。
【0046】
〔WSC走行モードについて〕
次に、WSC走行モードの詳細について説明する。WSC走行モードとは、エンジンEが作動した状態を維持している点に特徴があり、要求駆動力変化に対する応答性が高い。具体的には、第1クラッチCL1を完全締結し、第2クラッチCL2を要求駆動力に応じた伝達トルク容量TCL2としてスリップ制御し、エンジンE及び/又はモータジェネレータMGの駆動力を用いて走行する。
【0047】
実施例1のハイブリッド車両では、トルクコンバータのように回転数差を吸収する要素が存在しないため、第1クラッチCL1と第2クラッチCL2を完全締結すると、エンジンEの回転数に応じて車速が決まってしまう。エンジンEには自立回転を維持するためのアイドル回転数による下限値が存在し、このアイドル回転数は、エンジンの暖機運転等によリヤイドルアップを行っていると、更に下限値が高くなる。また、要求駆動力が高い状態では素早くHEV走行モードに遷移できない場合がある。ここで、「完全締結」とは、クラッチにスリップ(回転差)が生じていない状態のことを指し、具体的には、クラッチの伝達トルク容量を、その時に伝達すべきトルクよりも十分に大きく設定することによって実現される。
【0048】
一方、EV走行モードでは、第1クラッチCL1を解放するため、上記エンジン回転数による下限値に伴う制限はない。しかしながら、バッテリSOCに基づく制限によってEV走行モードによる走行が困難な場合や、モータジェネレータMGのみで要求駆動力を達成できない領域では、エンジンEによって安定したトルクを発生する以外に手段がない。
【0049】
そこで、上記下限値に相当する車速よりも低車速領域であって、かつ、EV走行モードによる走行が困難な場合やモータジェネレータMGのみでは要求駆動力を達成できない領域では、エンジン回転数を所定回転数に維持し、第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジントルクを用いて走行するWSC走行モードを選択する。
【0050】
〔MWSC走行モードについて〕
次に、MWSC走行モードについて説明する。推定勾配が所定勾配より大きいときに、例えば、ブレーキペダル操作を行うことなく車両を停止状態もしくは微速発進状態に維持しようとすると、平坦路に比べて大きな駆動力が要求される。自車両の荷重負荷に対向する必要があるからである。
【0051】
第2クラッチCL2のスリップによる発熱を回避する観点から、バッテリSOCに余裕があるときはEV走行モードを選択することも考えられる。このとき、EV走行モード領域からWSC走行モード領域に遷移したときにはエンジン始動を行う必要があり、モータジェネレータMGはエンジン始動用トルクを確保した状態で駆動トルクを出力するため、駆動トルク上限値が不要に狭められる。
【0052】
また、EV走行モードにおいてモータジェネレータMGにトルクだけを出力し、モータジェネレータMGの回転を停止もしくは極低速回転すると、インバータのスイッチング素子にロック電流が流れ(電流が1つの素子に流れ続ける現象)、耐久性の低下を招くおそれがある。
【0053】
また、1速でエンジンEのアイドル回転数に相当する下限車速VSP1よりも低い領域において、エンジンE自体は、アイドル回転数より低下させることができない。このとき、WSC走行モードを選択すると、第2クラッチCL2のスリップ量が大きくなり、第2クラッチCL2の耐久性に影響を与えるおそれがある。
【0054】
特に、勾配路では、平坦路に比べて大きな駆動力が要求されていることから、第2クラッチCL2に要求される伝達トルク容量は高くなり、高トルクで高スリップ量の状態が継続されることは、第2クラッチCL2の耐久性の低下を招きやすい。また、車速の上昇もゆっくりとなることから、HEV走行モードへの遷移までに時間がかかり、更に発熱するおそれがある。
【0055】
そこで、エンジンEを作動させたまま、第1クラッチCL1を解放し、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を運転者の要求駆動力に制御しつつ、モータジェネレータMGの回転数が第2クラッチCL2の出力回転数よりも所定回転数高い目標回転数にフィードバック制御するMWSC走行モードを設定した。
【0056】
言い換えると、モータジェネレータMGの回転状態をエンジンのアイドル回転数よりも低い回転数としつつ第2クラッチCL2をスリップ制御するものである。同時に、エンジンEはアイドル回転数を目標回転数とするフィードバック制御に切り換える。WSC走行モードでは、モータジェネレータMGの回転数フィードバック制御によりエンジン回転数が維持されていた。これに対し、第1クラッチCL1が解放されると、モータジェネレータMGによってエンジン回転数をアイドル回転数に制御できなくなる。よって、エンジンE自体によりエンジン回転数フィードバック制御を行う。
【0057】
[自動変速機の構成について]
図6はハイブリッド車両の駆動系に採用された自動変速機ATのパワートレーンを示すスケルトン図、図7はハイブリッド車両の駆動系に採用された自動変速機ATによるクラッチ・ブレーキの締結作動表を示す図である。
【0058】
自動変速機ATは、図6に示すように、回転要素としてフロントサンギヤS1とフロントキャリヤPC1とフロントリングギヤR1とを有するフロントプラネタリーギヤG1と、回転要素としてミッドサンギヤS2とミッドキャリヤPC2とミッドリングギヤR2とを有するミッドプラネタリーギヤG2と、回転要素としてリヤサンギヤS3とリヤキャリヤPC3とリヤリングギヤR3とを有するリヤプラネタリーギヤG3と、による3組の単純遊星歯車を備えている。
【0059】
なお、図6中のINはモータジェネレータMGのみ、または、エンジンE及びモータジェネレータMGからダンパーを介して回転駆動トルクが入力されるインプットシャフトであり、OUTは自動変速機ATを経過して左右後輪RL,RRに回転駆動トルクを出力するアウトプットシャフトである。
【0060】
そして、前進5速後退1速の変速段を決める摩擦締結要素として、インプットクラッチC1と、ハイ&ローリバースクラッチC2と、ダイレクトクラッチC3と、リバースブレーキB1と、フロントブレーキB2と、ローコーストブレーキB3と、フォワードブレーキB4と、ファーストワンウェイクラッチF1と、サードワンウェイクラッチF2と、フォワードワンウェイクラッチF3と、を備えている。
【0061】
インプットクラッチC1は、開放時にフロントリングギヤR1をインプットシャフトINに接続し、締結時にフロントリングギヤR1とミッドリングギヤR2とをインプットシャフトINに接続する。ハイ&ローリバースクラッチC2は、締結によりミッドサンギヤS2とリヤサンギヤS3とを接続する。ダイレクトクラッチC3は、締結によりリヤサンギヤS3とリヤキャリヤPC3を接続する。
【0062】
リバースブレーキB1は、締結によりリヤキャリヤPC3をトランスミッションケースTCに固定する。フロントブレーキB2は、締結によりフロントサンギヤS1をトランスミッションケースTCに固定する。ローコーストブレーキB3は、締結によりミッドサンギヤS2をトランスミッションケースTCに固定する。フォワードブレーキB4は、締結によりミッドサンギヤS2をトランスミッションケースTCに固定する。
【0063】
ファーストワンウェイクラッチF1は、ミッドサンギヤS2に対してリヤサンギヤS3の正転方向(=エンジンと同一回転方向)の回転をフリー、逆転を固定する。サードワンウェイクラッチF2は、フロントサンギヤS1の正転方向をフリー、逆転を固定する。フォワードワンウェイクラッチF3は、ミッドサンギヤS2の正転方向をフリー、逆転を固定する。
【0064】
なお、アウトプットシャフトOUTは、ミッドキャリヤPC2に直結されている。フロントキャリヤPC1とリヤリングギヤR3とは第1メンバM1により直結されている。ミッドリングギヤR2とリヤキャリヤPC3とは第2メンバM2により直結されている。
【0065】
図8は、自動変速機ATの回転要素の関係を表す共線図である。共線図とは、各回転要素の回転数(回転速度)の関係を表すものであり、各回転要素が遊星歯車によって決定されるギヤ比だけ離れた位置に配置されている。フロントサンギヤS1とフロントキャリヤPC1(リヤリングギヤR3)とのギヤ比を1としたとき、フロントキャリヤPC1とフロントリングギヤR1(リヤキャリヤPC3,ミッドリングギヤR2)とのギヤ比がα、フロントリングギヤR1とミッドキャリヤPC2とのギヤ比がβ、ミッドキャリヤPC2とミッドサンギヤS2(リヤサンギヤS3)とのギヤ比がγとされている。
【0066】
図9は第1速を達成するときの共線図、図10は第2速を達成するときの共線図である。参考までに、第1速と第2速についてのみ図面を用いて説明する。尚、他の変速段も、適宜締結作動表に示された締結関係により各変速段を達成する。
【0067】
自動変速機ATは、図7の締結作動表及び図9の共線図に示すように、ハイ&ローリバースクラッチC2とフロントブレーキB2とローコーストブレーキB3とフォワードブレーキB4を締結することで第1速を達成する。また、図7の締結作動表及び図10の共線図に示すように、ダイレクトクラッチC3とフロントブレーキB2とローコーストブレーキB3とフォワードブレーキB4を締結することで第2速を達成する。
【0068】
ここで、第1速の共線図(図9参照)と第2速の共線図(図10参照)とを対比すると、第1速ではリヤサンギヤS3が固定されているのに対し、第2速ではダイレクトクラッチC3の締結によりリヤサンギヤS3がリヤプラネタリーギヤG3と一体に回転している点で異なる。すなわち、変速段により変速に関与する回転メンバが異なり、このことは、回転に関与する駆動系のイナーシャが変わることを表している。尚、実施例1の自動変速機ATでは、他の変速段でも同様に回転に関与する駆動系のイナーシャが変わるものの、第3速と第5速では回転に関与するイナーシャは同じとなる。
【0069】
〔TCS制御処理について〕
次に、統合コントローラ10内のTCS制御部101にて実行されるTCS制御処理(トラクション制御処理)について説明する。TCS制御部101では、擬似的に計算された車体の速度と、駆動輪の車輪速を比較することにより、駆動輪にスリップが発生していることを判断する。そして、駆動輪にスリップが発生しているときには、駆動輪の駆動力を低下させるべく、動力源であるエンジンE及びモータジェネレータMGにトルクダウンを指令し、加えて、制御装置である駆動輪のブレーキユニット900に制動力を加える指令を行う。図11はTCS制御処理を表す制御ブロック図である。
【0070】
疑似車体速演算部101aでは、車輪速センサ19により検出された4輪の車輪速データに基づいて疑似車体速を演算する。例えば4輪のセレクトローとしてもよいし、従動輪である前輪の車輪速平均値としてもよい。
【0071】
制御閾値演算部101bでは、演算された疑似車体速に基づいて動力源側制御閾値Aと制動側制御閾値Bとが演算される。具体的には、疑似車体速に所定値を加算した値を動力源側制御閾値Aとし、更に大きな所定値を加算した値を制動側制御閾値Bとする。尚、AとBは同じ値としてもよく、特に限定しない。
【0072】
動力源側偏差演算部101cでは、駆動輪の車輪速と動力源側制御閾値Aとの偏差ΔSDが演算される。そして、偏差出力部101ccでは、偏差ΔSDが正か否かを判断し、正のときはΔSDをそのまま出力し、負のときはΔSD=0を出力する。よって、TCS制御では、この偏差ΔSDが正のときのみ、駆動輪に加速スリップが発生したと判断して、TCS制御を実行する。
【0073】
同様に、制動側偏差演算部101c'では、駆動輪の車輪速と制動側制御閾値Bとの偏差ΔSBが演算される。そして、偏差出力部101cc'では、偏差ΔSBが正か否かを判断し、正のときはΔSBをそのまま出力し、負のときはΔSB=0を出力する。この偏差ΔSBが正のときのみ、駆動輪に加速スリップが発生したと判断することは、前述と同様である。
【0074】
動力源側比例演算部101dでは、ΔSDに所定の比例ゲインKPDを積算して比例制御量を演算する。同様に、制動側比例演算部101d'では、ΔSBに所定の制動側比例ゲインKPBを積算して比例制御量を演算する。
【0075】
動力源側積分演算部101eでは、ΔSDを積分すると共に、所定の積分ゲインKIDを積算して積分制御量を演算する。同様に、制動側積分演算部101E'では、ΔSBを積分すると共に、所定の制動側積分ゲインKIBを積算して積分制御量を演算する。
【0076】
制御量加算部101fでは、比例制御量と積分制御量を加算する。そして、変速段対応部101gでは、加算された制御量に自動変速機ATの変速段毎のイナーシャに対応したゲインKTを積算して分配器101hに出力する。
【0077】
分配器101hでは、エンジンEとモータジェネレータMGとの運転状態に応じて、両者にトルクダウン量を分配する。そして、分配されたトルクダウン量に応じてスロットルアクチュエータE1及びモータジェネレータMGにおいてトルクダウン指令が出力される。
【0078】
制御量加算部101f'では、比例制御量と積分制御量を加算する。そして、変速段対応部101g'では、加算された制御量に自動変速機ATの変速段毎のイナーシャに対応したゲインKTを積算してブレーキユニット900に対しトルクダウン指令(制動力付与指令)が出力される。
【0079】
図13は、クラッチの締結関係と各制御ゲインの関係、及び変速段と制御ゲインとの関係を表す図である。上記各制御ゲインKPD,KPB,KID,KIBは、第1及び第2クラッチCL1,CL2のON,OFF状態に応じて図13に示すように設定されている。そして、これらの制御ゲインKPD,KPB,KID,KIBは、複数のアクチュエータのうち最も応答速度が遅いアクチュエータの作動と他のアクチュエータとの作動とを同期させるように設定されている。
【0080】
例えば、スロットルアクチュエータE1の作動と、ブレーキユニット900の作動とによってトルクダウンを行う際、スロットルアクチュエータE1によるトルクダウン応答が遅く、ブレーキユニット900によるトルクダウン応答が早い場合には、ブレーキユニット900による制御ゲインKPB,KIBを、動力源側の制御ゲインKPD,KIDよりも小さく設定する。これにより、両アクチュエータにより行われるトルクダウン制御の位相を揃えることができ、違和感のないトルクダウンを行う。
【0081】
また、制御ゲインKTは、図9及び図10において説明したように、変速段によってイナーシャが異なることから、自動変速機ATの変速段毎にそれぞれのイナーシャに応じた値に設定されている。
【0082】
ここで、上記制御構成において、各クラッチの締結状態及び自動変速機ATの変速段に応じて制御ゲインを変更している理由について説明する。動力源(エンジンE/モータジェネレータMG)から自動変速機ATを介した動力伝達系(以下、パワートレーン)の運動方程式は下記式により表される。
Tout=Iout×dωout/dt
ここで、Toutはパワートレーンの出力トルク、すなわち左右ドライブシャフトDSL,DSRに出力されるトルク、Ioutはパワートレーンのイナーシャ、dωout/dtはパワートレーンの左右ドライブシャフトDSL,DSRの回転角加速度である。
【0083】
今、TCS制御の目的は、加速スリップを所定範囲内に抑制することであり、言い換えると、所望の回転角加速度を得ることが必要となる。よって、所望の回転角加速度を得るために上記式をdωout/dtで整理すると、
dωout/dt=Tout/Iout
となる。
【0084】
すなわち、所望の回転角加速度を得る際、イナーシャIoutが小さくなれば、出力トルクToutが同じ場合には、大きな回転角加速度となってしまうため、必要なトルクダウン量も小さくてよい。言い換えると、イナーシャIoutに応じてトルクダウン量を変更しない場合には、イナーシャIoutに応じてTCS制御のトルクダウン特性が影響を受け、違和感となる。
【0085】
そこで、実施例1では、パワートレーンのイナーシャに応じてTCS制御時の制御ゲインを変更することとした。具体的には、動力源側比例ゲインKPD1〜KPD4については、第1クラッチCL1及び第2クラッチCL2がともにONである場合がパワートレーンのイナーシャが最も大きいので、この時の動力源側比例ゲインKPD1が最も大きく設定されている。また、第2クラッチCL2がOFF(後述するように、スリップ締結)である場合は、この第2クラッチCL2よりもモータジェネレータMG側のイナーシャの大きさは寄与しないので、第1クラッチCL1のON/OFFに関わらず、動力源側比例ゲインKPD2,KPD4は最小値に設定されている。制動側比例ゲインKPB1〜KPB4、動力源側積分ゲインKID1〜KID4、制動側積分ゲインKIB1〜KIB4についても同様である。
【0086】
尚、第2クラッチCL2がスリップ締結している状態(WSC走行モード)では、駆動輪に伝達される駆動トルクは第2クラッチCL2の伝達トルク容量を上回ることはない。従って、この状態でTCS制御が作動すると、動力源側のトルクダウンによってパワートレーンの出力トルクを低下させるには、動力源側のトルクを第2クラッチCL2の伝達トルク容量よりも小さくしなければならない。そうすると、第2クラッチCL2のスリップ状態が解消されて締結ショック等を招くおそれがある。よって、このときは、動力源側の制御ゲインを0とし、制動側の制御ゲインを大きくしてブレーキユニット900によるトルクダウンを実行する。
【0087】
図12はTCS制御処理を表すフローチャートである。尚、第2クラッチCL2解放とは、基本的に第2クラッチCL2がスリップ締結している状態を意味する。第2クラッチCL2が完全に解放した状態では、駆動輪における加速スリップが発生しないからである。
【0088】
ステップS1では、自動変速機ATにおける現在の変速段を確認する。この確認は、上述したように変速段によって回転メンバが異なるため、適正なイナーシャを把握するためである。そして、選択された変速段に応じた制御ゲインKTを選択する(図13参照)。
【0089】
ステップS2では、第1クラッチCL1が完全締結状態か否かを判断し、完全締結状態のときはステップS3へ進み、それ以外(解放又はスリップ締結)のときはステップS6へ進む。
【0090】
ステップS3では、第2クラッチCL2が完全締結状態か否かを判断し、完全締結状態のときはステップS4へ進み、それ以外(解放又はスリップ締結)のときはステップS5へ進む。
【0091】
ステップS4では、第1クラッチCL1がON,第2クラッチCL2がONと判断して、エンジンE,モータジェネレータMGの両イナーシャが含まれる制御ゲインを設定し、基本トルクダウン量の演算を実行する。
【0092】
ステップS5では、第1クラッチCL1がON,第2クラッチCL2がOFFと判断して、エンジンE,モータジェネレータMGの両イナーシャが含まれない制御ゲインを設定し、基本トルクダウン量の演算を実行する。
【0093】
ステップS6では、第2クラッチCL2が完全締結状態か否かを判断し、完全締結状態のときはステップS6へ進み、それ以外(解放又はスリップ締結)のときはステップS8へ進む。
【0094】
ステップS7では、第1クラッチCL1がOFF,第2クラッチCL2がONと判断して、モータジェネレータMGのイナーシャが含まれた(エンジンEのイナーシャが除かれた)制御ゲインを設定し、基本トルクダウン量の演算を実行する。
【0095】
ステップS8では、第1クラッチCL1がOFF,第2クラッチCL2がOFFと判断して、エンジンE,モータジェネレータMGの両イナーシャが含まれない制御ゲインを設定し、基本トルクダウン量の演算を実行する。
【0096】
次に、上記制御フローに基づく作用について説明する。尚、自動変速機ATの変速段によって決定されるイナーシャは、各クラッチCL1,CL2の締結状態に関係ないため、説明を省略する。
(CL1:ON,CL2:ONの場合)
この場合は、HEV走行モードのときであり、パワートレーンのイナーシャは、動力源にあってはエンジンE及びモータジェネレータMGのイナーシャとなる。よって、動力源側の制御ゲインKPD,KIDをエンジンE及びモータジェネレータMGのイナーシャを考慮した値に設定し、ブレーキユニット900による制御ゲインKPB,KIBもエンジンE及びモータジェネレータMGのイナーシャを考慮した値に設定する。
【0097】
(CL1:ON,CL2:OFFの場合)
この場合は、WSC走行モードのときであり、パワートレーンのイナーシャは、動力源にあってはエンジンE及びモータジェネレータMGのイナーシャとなる。しかしながら、第2クラッチCL2がスリップ締結しているため、ブレーキユニット900によるトルクダウンとなるように、動力源側の制御ゲインKPD,KIDを0とし、ブレーキユニット900による制御ゲインKPB,KIBを大きくする。尚、KPB,KIBは、モータジェネレータMGのイナーシャを考慮する必要はない。
【0098】
(CL1:OFF,CL2:ONの場合)
この場合は、EV走行モードのときであり、パワートレーンのイナーシャは、動力源にあってはモータジェネレータMGのイナーシャのみとなる。よって、HEV走行モードに比べてパワートレーンのイナーシャは小さいため、HEV走行モードに比べて小さなトルクダウン量が演算されるように各種制御ゲインを設定する。
【0099】
(CL1:OFF,CL2:OFFの場合)
この場合は、MWSC走行モードのときであり、パワートレーンのイナーシャは、動力源にあってはモータジェネレータMGのイナーシャのみとなる。しかしながら、第2クラッチCL2がスリップ締結しているため、ブレーキユニット900によるトルクダウンとなるように、動力源側の制御ゲインKPD,KIDを0とし、ブレーキユニット900による制御ゲインKPB,KIBを大きくする。尚、KPB,KIBは、モータジェネレータMGのイナーシャを考慮する必要はない。
【0100】
以上説明したように、実施例1にあっては下記に列挙する作用効果を得ることができる。
(1)エンジンE及びモータジェネレータMG(以下、動力源)と駆動輪との間に介装され動力源と駆動輪とを断接するクラッチ要素である第2クラッチCL2と、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を完全解放から完全締結の範囲で制御する伝達トルク容量制御手段としての第2クラッチ油圧ユニット8と、駆動輪の加速スリップ量を検出または推定する加速スリップ検出手段としての動力源側偏差演算部101c、制動側偏差演算部101c'と、加速スリップ量が所定値以上検出されたときは、動力源及び/又は駆動輪のブレーキ制動力を制御することで駆動輪に伝達される駆動力を、第2クラッチCL2の伝達トルク容量に応じて所定量低下させるトルク制御手段であるTCS制御部101と、を備え、TCS制御部101は、伝達トルク容量が小さいほど、駆動力の低下量を小さくすることとした。
【0101】
すなわち、第2クラッチCL2がスリップ締結しているときは、動力源のイナーシャを考慮する必要はなく、一方、第2クラッチCL2が完全締結しているときは、動力源のイナーシャを考慮する必要がある。このように、TCS制御において、第2クラッチCL2の伝達トルク容量に応じて、すなわちパワートレーンのイナーシャに応じてトルクダウン量を設定するため、安定したトラクション制御を達成できる。
【0102】
(2)TCS制御部101は、第2クラッチCL2が完全締結しているときは、第2クラッチCL2がスリップ締結しているときよりもトルクダウン量を大きくすることとした。
【0103】
すなわち、第2クラッチCL2が完全締結しているときは、動力源のイナーシャを考慮すると、トルクダウン量は大きくする必要がある。一方、第2クラッチCL2がスリップ締結しているときは、動力源のイナーシャを考慮する必要が無く、トルクダウン量は小さくてよい。これにより、走行モードにかかわらず安定したトラクション制御を達成できる。
【0104】
(3)TCS制御部101は、第1クラッチCL1の伝達トルク容量と第2クラッチCL2の伝達トルク容量に応じてトルクダウン量を設定することとした。
【0105】
よって、EV走行モード,HEV走行モード,WSC走行モード及びMWSC走行モードのいずれにおいても、それぞれの走行モードにおけるパワートレーンのイナーシャに応じて、安定したトラクション制御を達成できる。
【0106】
(4)TCS制御部101は、第2クラッチCL2が完全締結しており、かつ、第1クラッチCL1が締結しているときは、第1クラッチCL1が解放しているときよりもトルクダウン量を大きくすることとした。
【0107】
すなわち、第2クラッチCL2が完全締結し、かつ、第1クラッチCL1が締結しているときはエンジンEのイナーシャを考慮すると、トルクダウン量は大きくする必要がある。一方、第1クラッチCL1が解放しているときは、エンジンEのイナーシャを考慮する必要が無く、トルクダウン量は小さくてよい。これにより、走行モードにかかわらず安定したトラクション制御を達成できる。
【0108】
(5)TCS制御部101は、第2クラッチCL2がスリップ締結しているときは、第1クラッチCL1の伝達トルク容量に係わらずトルクダウン量を設定することとした。
【0109】
すなわち、第2クラッチCL2がスリップ締結しているときは、パワートレーンのイナーシャとして動力源のイナーシャを考慮する必要がないからである。これにより、走行モードにかかわらず安定したトラクション制御を達成できる。
【0110】
(6)モータジェネレータMGと駆動輪との間に介装された有段式自動変速機ATを有し、TCS制御部101は、自動変速機ATの各変速段におけるイナーシャに応じてトルクダウン量を設定することとした。
【0111】
よって、変速段によってパワートレーンのイナーシャが変化したとしても、安定したトラクション制御を達成できる。
【0112】
(7)TCS制御部101は、スロットルバルブアクチュエータE1とブレーキユニット900(以下、複数のアクチュエータ)への指令により駆動輪から路面に伝達される駆動力を低下させるものであり、かつ、複数のアクチュエータのうち最も応答速度が遅いアクチュエータの作動と他のアクチュエータとの作動とを同期させるように複数のアクチュエータへ指令することとした。
【0113】
例えば、スロットルアクチュエータE1の作動と、ブレーキユニット900の作動とによってトルクダウンを行う際、スロットルアクチュエータE1によるトルクダウン応答が遅く、ブレーキユニット900によるトルクダウン応答が早い場合には、ブレーキユニット900による制御ゲインKPB,KIBを、動力源側の制御ゲインKPD,KIDよりも小さく設定する。これにより、両アクチュエータにより行われるトルクダウン制御の位相を揃えることができ、違和感のないトルクダウンを行うことができる。
【0114】
(8)TCS制御部101は、第2クラッチCL2がスリップ締結しているときは、駆動輪のブレーキ制動力を制御することで駆動輪から路面に伝達される駆動力を所定量低下させることとした。
【0115】
すなわち、第2クラッチCL2がスリップ締結している状態(WSC走行モードやMWSC走行モード)でTCS制御が作動すると、動力源側のトルクダウンによってパワートレーンの出力トルクを低下させるには、動力源側のトルクを第2クラッチCL2の伝達トルク容量よりも小さくしなければならない。そうすると、第2クラッチCL2のスリップ状態が解消されて締結ショック等を招くおそれがある。よって、このときは、動力源側の制御ゲインを0とし、制動側の制御ゲインを大きくしてブレーキユニット900によるトルクダウンを実行する。これにより、締結ショックを抑制しつつ安定したトラクション制御を達成することができる。
【0116】
以上、実施例1に基づいて説明したが、上記構成に限られず本発明の範囲を逸脱しない範囲で他の構成を取り得る。
【0117】
例えば、実施例1では、複数のアクチュエータとして、スロットルアクチュエータE1とブレーキユニット900とを例に説明したが、例えば、これらに加えて、第2クラッチCL2の伝達トルク容量制御によってTCS制御を実行する構成としてもよい。
【0118】
例えば、WSC走行モードやMWSC走行モードにおいて第2クラッチCL2をスリップ締結しているとき、基本的に第2クラッチCL2は、運転者の要求駆動力に応じて決定される。このとき、TCS制御部101において、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を低減する指令を出力するように構成してもよい。
【0119】
尚、HEV走行モードやEV走行モードのように、第2クラッチCL2が完全締結しているときのアクチュエータとして第2クラッチCL2を使用すると、パワートレーンのイナーシャが変化してしまうため、この場合には、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を低下させてトルクダウンを行うことは、制御の複雑化を招くため好ましくない。
【0120】
また、実施例1では、複数のアクチュエータとして、スロットルアクチュエータE1とブレーキユニット900とを例に制御位相を揃える点について説明したが、これに限られるものではない。例えば、スロットルアクチュエータE1に加えて、可変バルブタイミングアクチュエータ等を備えている場合、それらのアクチュエータが実際に出力トルクに与える影響を考慮して、制御位相を揃えるように制御することも含まれる。
【0121】
また、実施例1では、ハイブリッド車両に本願発明を適用したが、モータジェネレータ等を備えておらず、かつ、トルクコンバータを備えていない車両であって、発進クラッチ等の締結制御により発進する車両であれば同様に適用可能である。すなわち、発進クラッチをスリップ締結している時にTCS制御を行う場合には、発進クラッチを完全締結しているときのトルクダウン量よりも小さなトルクダウン量とする。これにより、本願発明と同様の作用効果を得ることができる。
【0122】
同様に、例えば、発進クラッチに限らず、4輪の駆動力配分をクラッチのスリップ制御により達成するものにおいても、同様に適用できる。例えば、クラッチの完全締結により4輪駆動を達成している場合と、クラッチのスリップ制御によりトルク配分をしている場合とではイナーシャが異なる。よって、イナーシャの違いに応じてTCS制御によるトルクダウン量を設定してもよい。
【0123】
また、実施例1では、FR型のハイブリッド車両について説明したが、FF型のハイブリッド車両であっても構わない。
【符号の説明】
【0124】
E エンジン
CL1 第1クラッチ
MG モータジェネレータ
CL2 第2クラッチ
AT 自動変速機
1 エンジンコントローラ
2 モータコントローラ
3 インバータ
4 バッテリ
5 第1クラッチコントローラ
6 第1クラッチ油圧ユニット
7 ATコントローラ
8 第2クラッチ油圧ユニット
9 ブレーキコントローラ
10 統合コントローラ
24 ブレーキ油圧センサ
100 目標駆動力演算部
200 モード選択部
300 目標充放電演算部
400 動作点指令部
900 ブレーキユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源と駆動輪との間に介装され前記動力源と前記駆動輪とを接続/解放するクラッチ要素と、
前記クラッチ要素の伝達トルク容量を完全解放から完全締結の範囲で制御する伝達トルク容量制御手段と、
前記駆動輪の加速スリップ量を検出または推定する加速スリップ検出手段と、
前記加速スリップ量が所定値以上検出されたときは、前記動力源の駆動力及び/又は前記駆動輪のブレーキ制動力を制御することで前記駆動輪から路面に伝達される駆動力を、前記伝達トルク容量に応じて所定量低下させるトルク制御手段と、
を備え、
前記トルク制御手段は、前記伝達トルク容量が小さいほど、前記駆動力の低下量を小さくすることを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両のトラクション制御装置において、
前記トルク制御手段は、前記クラッチ要素が完全締結しているときは、前記クラッチ要素がスリップ締結しているときよりも前記所定量を大きくすることを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両のトラクション制御装置において、
前記動力源は、エンジンと該エンジンの出力側に配置されたモータとから構成され、
前記クラッチ要素は前記モータと前記駆動輪との間に介装される発進クラッチであり、
前記エンジンと前記モータとを接続/解放する第2のクラッチ要素としてのエンジンクラッチを有し、
前記トルク制御手段は、前記発進クラッチの伝達トルク容量と前記エンジンクラッチの伝達トルク容量に応じて前記所定量を設定することを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両のトラクション制御装置において、
前記トルク制御手段は、前記発進クラッチが完全締結しており、かつ、前記エンジンクラッチが締結しているときは、前記エンジンクラッチが解放しているときよりも前記所定量を大きくすることを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載の車両のトラクション制御装置において、
前記トルク制御手段は、前記発進クラッチがスリップ締結しているときは、前記エンジンクラッチの伝達トルク容量に係わらず前記所定量を設定することを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項6】
請求項1ないし5いずれか1つに記載の車両のトラクション制御装置において、
前記動力源と前記駆動輪との間に介装された有段式自動変速機を有し、
前記トルク制御手段は、前記有段式自動変速機の各変速段におけるイナーシャに応じて前記所定量を設定することを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項7】
請求項1ないし6いずれか1つに記載の車両のトラクション制御装置において、
前記トルク制御手段は、複数のアクチュエータへの指令により駆動輪から路面に伝達される駆動力を低下させるものであり、かつ、前記複数のアクチュエータのうち最も応答速度が遅いアクチュエータの作動と他のアクチュエータとの作動とを同期させるように前記複数のアクチュエータへ指令することを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項8】
請求項1ないし7いずれか1つに記載の車両のトラクション制御装置において、
前記トルク制御手段は、前記クラッチ要素がスリップ締結しているときは、前記駆動輪のブレーキ制動力を制御することで前記駆動輪から路面に伝達される駆動力を所定量低下させることを特徴とする車両のトラクション制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2009−234563(P2009−234563A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4254(P2009−4254)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】